『ブラックジャックによろしく』フリーウェア版

医療漫画『ブラックジャックによろしく』は、先月、2012年9月15日から、二次利用を含めて完全フリーとして公開されました。作者さんのサイトを始め、様々な電子書籍サイトなどでも無料で読めるようになっています。
私はスタンドアローンで読める以下のフリーウェアを利用しました(iOS対応)。

この物語は、医大を出たての研修医である青年が、病院の各診療科を回って研修を受けながら、医療の様々な問題を浮き彫りにするものです。
少し調べてみた所、本作が書籍としてコミックス販売されていたのは、2002年から2006年です。その頃と現在=2012年では、医療も法律も社会状況もだいぶ変わっていて、この漫画の状況は当てはまらない、ということはあるでしょう。漫画として、現実の状況よりも大げさにしている部分はもちろんあるでしょうし。ただし、それでも、医師をはじめとする医療従事者が命を預かる責任ある職業であり、それが故に難しい問題がたくさんあることは、今後も不変であろうと考えます。問題の中身は少しずつ変わっていくとしても。そういう意味で、『現在は状況が違うけれども』ということは念頭に入れつつも、医師の苦悩をわずかでも追体験する良い経験が出来たと思います。普段、そんなことを考えたりしないですから。小説にしろ漫画にしろ、架空物語はバーチャルな別の人生を少しだけ経験できるのが良い所です。知ったかぶりにならないように注意する必要はありますが。
もちろん、現実をかなり参考にして描いた医療漫画なので、現在の現実状況にも通じている事実もいくつもあります。
そのひとつが本作で知った『心神喪失者等医療観察法』という法律のことです。本作『ブラックジャックによろしく』の最後の数巻は、精神科での研修がテーマになっていて、そこで法律が出来たことが取り上げられています。
結構ニュースや新聞は見ていると思うけれど、恥ずかしながらこの法律のことは知りませんでした……。

これ、なにか重大な事件(殺人や放火、性犯罪レベルの他の人に強い損害を与える事件)を起こした犯罪者として疑われて逮捕された人がいたとして、その人が捜査の過程や裁判等で心の病気が原因だったからと判明して不起訴や無罪になった場合に、手厚い看護をする……というような内容みたいなんですが。ざっくりと一読すると。それだけ読むと悪い法律ではない、ように思えるかも知れません。
ただし。図をよくよく見ると、拒否権がないんですよね、本人に。
最近、ニュースを見ていても思うのですが、日本ではあまりにも容疑者(被疑者)=犯人、という風潮が強過ぎるなあと。
映画『それでも僕はやってない』やゲーム『逆転裁判』じゃないですが、本当に犯罪をしてしまったかどうかって、最終的には本人しか分からない。
先日のトロイの木馬による犯罪予告掲示板ニセ書き込み事件でも分かる通り、実は今まで知られていなかったような要素が原因で疑われてしまっただけで、本人はやっていないっていうことかもしれない。でも、ニュースでは『容疑者』として扱い、つまりは犯罪者だと。少なくとも裁判で確定するまでは犯人じゃない可能性がある訳なんですけど。どんなに重大な殺人事件でも。
単に運が悪かっただけで逮捕されて……って、あり得るじゃないですか。いうまでもなく、犯罪はいけないことですが!!
で。ここでは人間にどこまで真実が分かるのかを疑ってかかってみます。
もしも真実では無実の罪で逮捕されてしまった人がいて、状況からその人が心の病を疑える(例えば、軽いうつで時々精神科や心療内科、心理カウンセラーにかかっていたとか)ことがあった場合に、この法律が適用されてしまったら、事態の廻り方によっては、何の罪も無い人が国家から監視されることがありえるのでは……?
この法律での『手厚い看護』って、要は、心の病なんだから病院に放り込んでしまえ、っていう風にも取れます。つまりは、社会的な差別行為になりかねない……。何か病気が原因で犯罪をした人がいた。だから差別して良い、なんてことはあり得ません。
精神的な病気は他の病気と同じくらい大変ではありますが、適切な医療、投薬、本人や家族の努力などで、症状を社会生活に問題が無いレベルに維持&回復できることもまた事実です。
自動車の事故などで車いす生活になったけれど、エレベーターやスロープなどの社会的な施設整備があり、本人も必死にリハビリをしたので、バスケットボールでパラリンピックに出場した。
この例と。
うつなどの病気で社会生活が出来なくなってしまったけれど、病院などでカウンセリング&診察、投薬を受け、本人や家族も粘り強く治療を続け、会社も理解してくれたので、数ヶ月とか数年の休職をしてしまったけれど、また勤務できるようになった。
この例。
本質は同じでしょう。どんな人にだって起こりうるし、でも、周囲の理解と本人の努力次第では社会復帰が可能であるということだって。
ブラックジャックによろしく』は、そういうことに改めて気がつかせてくれました。読んでいてとてもつらい作品ですが……。決して明るくはありませんが。
フリーって大きいなあ。それがなかったら本作に出会うことがなかったでしょう。たぶん。


作者さんが本作のフリー化に踏み切った理由については、下記記事でインタビューされています。

また、フリー化でどんな状況になっているかは作者さん自身が下記で述べています。

インターネット時代の著作権のあり方について考える上でも、興味深い事例ですね。