千尋とカオナシの就活

昨日、金曜ロードショーでまた『千と千尋』をやっていた。
この映画、最初の方では千尋の声優さんが正直かなりぎこちなかったけども、中盤(オクサレ様だと思われていた川の神様を助けるあたりかな)役をつかんだのか、上手くなっていくあたりがすきなところ。
終盤では冒頭とは別人のように上手い。
最初の方は異世界に巻き込まれてぎこちなくて不安で緊張している、というのを演技しなくちゃいけなくてそうなったのかもしれないが。
さて、千尋とともに声優さんも成長する物語でもあるこの作品。
千尋にちゃんと契約書を書かせるところが昨今のブラックバイトなどよりちゃんとしていると思ってしまった。まあ、微妙に名前を書き間違えているんだけど(このシーン、間違いではなく意図的で、自分を雇用者=湯婆婆から支配されないため、という解釈があるらしいが)。
ともあれ、千尋にとっては人生初のアルバイトだ。
最初は雑巾掛けすら遅かったが、オクサレ様を助けたり、カオナシ騒動でカエルたちを吐き出させたり。何より、彼(?)は油屋にいない方が本人のためになる、と見抜いたのは子供ながらに鋭い慧眼だ。
その慧眼と優しさゆえ、ハクが本当は川の龍神だと見抜き、真名を思い出させて湯婆婆の支配下から解放することができた。また、最後の両親はこの豚の群れの中のどれなのか? という謎かけにも見事に勝利。あの場面で「いない」と見抜いた千尋は本当にすごい。寓話『裸の王様』で、王様が裸だと素直に言った少年を思い出す。
さて、『千と千尋』のひと通りのメインストーリーはこんなところとして。
あの脇役にスポットを当ててみよう。
カオナシのことだ。油屋にも入れずぼんやりして、行くところもなく佇むだけだったが、千尋が親切にも雨に濡れないように引き戸を開けてくれる。嬉しかったので、彼女の気をひこうとし、それとなく仕事をサポートしたが、金のプレゼントは受け取ってはくれない。彼は寂しさと欲望のあまり騒動を起こしてしまうが、千尋カオナシから余計なものを吐き出させてくれ、スッキリさせてくれた。さらに銭婆のところへも同行させてくれ、最後になかなかやりがいのある仕事にたどり着けた、という、カオナシの自分探しと就活のストーリーとして鑑賞してもなかなか面白い、と、今回、気がついた。
カオナシはあれでなかなか手先が器用な妖怪だったようで、最終的に千尋の紹介で就いたのは銭婆の糸紡ぎ手伝いという仕事だ。まあ、彼(?)の雇用契約書がどうだったかは描写にないが、才能を活かせる適職だし、それなりにホワイトな雇用条件だったんじゃないかと想像する。千尋の髪飾りを編み上げる彼はなかなか楽しそうだったし(表情のない役だけど、姿勢だけで楽しんでいるのが伝わってくるジブリの作画力の高さ!)。そもそも、銭婆がカオナシにもお客様としてケーキを出してくれるくらい親切な人なので、湯婆婆ほど無茶はさせないだろう。
この髪飾り。最終的には、千尋が油屋に行ったことは夢でも幻でもないことの証明になる重要アイテムとなる。あの世界から持ち出せたのはこの髪飾りだけだったので、カオナシの初仕事は素晴らしい成果を上げたと言える。
こうして書いて行くと、千尋にとってもカオナシにとっても、この物語世界は労働によって回っていることがよくわかる。
何もしないでそこにあって美味しそうだからと、神様への供物を食べてしまった大人は何もできない豚にされたが、働きたい意思を示した千尋は人間であること、千尋であることを保ち、最終的に現世に帰ってくることができた。もしも彼女が欲望に溺れて怠惰なタイプだったら、あっという間に豚にされてしまったはずだ。
ついでに書いておくと、雑菌に感染しないようにと湯婆婆から引きこもりにされていた坊も、銭婆の気まぐれでネズミに変えられてかえって身動きが取りやすくなったので、千尋の冒険について行くことができた。布団を被って不機嫌にこもっているよりも、銭婆のところで糸車を回している方がずっと楽しかったのではないかと。
坊は一応、湯婆婆のところに戻ったのだが、千尋が現世に帰った後も、時々は銭婆やカオナシを手伝っているんじゃないかと思う。
というわけで、小さな少女の功績。
・ススワタリ救出
・川の神様の浄化
カオナシ就職
・坊を引きこもりから解放
・ハク解放
・両親解放
・自身の現世復帰
子どもでも、勇気と優しさがあればこれだけのことができ、異世界の大人と渡り合えたのであった。
ところで、なんで迷い込んだ先が異世界の温泉旅館だったのだろう?
それはさておき、旧作を改めていつか映画館で鑑賞する機会があったら良いなと思う。テレビ画面だとそうした街もちんまりだが、あの大画面であれば、街がそこにあるように感じられるはずだ。
調べたらドリパスに上がっていたが…。
https://www.dreampass.jp/m163027