ファーレ立川アート『夏至の日』ツアー

大学の時に学芸員課程の恩師に教えて頂いた、ファーレ立川アートエリア。
あのエリアは知っていれば何度歩いても飽きないわけで、この間友達と立川で遊んだ時も、ちょっとだけ作品紹介なんぞしてみたりして。
あ、そうそう、スマホアプリが充実してるんで、ファーレ立川を知りたい人の入門にもってこいです。各OSのアプリストアで『ファーレ立川』で検索すればよろしいかと。詳しくは立川市自身が紹介しています。

ほんと、どっかの美術館の常設展音声ガイド+作品カタログみたいに使えるアプリなんで、立川散策のお供にマジでオススメ。
ま、それはそれとして本題にまいります。


今日は夏至、なんです。
で、夏至+ファーレ立川=『私は太陽を待つ』という。
太陽の光がキレイに入る角度で反射して壁面のオブジェを照らすアートがあるんですよ。詳しくはこちら。

これらのページだけだと全体構成がわからないので、今日、現場で撮った写真を載せます。つまりおそらく多分こういうこと*1

夏至の時はこんな感じで? 床面の鏡のオブジェが壁面のオブジェを太陽光でピッタリと照らすのだと…マジか。
今年の夏至が土曜日なんで、仕事の休みを取ろうと思えば取れるので、シフト合わせてみたんですが…お日様には嫌われました。残念。
でもいいです。来年の夏至は日曜日だから! まだチャンスはあるさっ!
ともあれそんなわけで、今日は毎年ファーレ立川アートの紹介活動をなさっている、『ファーレクラブ』様の夏至の日ガイドツアーに参加させて頂きまして。雨の中ですが改めて色々と見させていただきました。
街のあちこちに見て楽しいあんな仕掛けやこんな仕掛けがあるなんて。それこそ、例えば『リアル宝探し』とかと組んだら絶対面白いとか思ったりもして。あ、この街自体が既にお宝でしたわ。
冗談はともかく、なんにしても無料で楽しめるし、パブリックアートなので写真も取り放題だしなんなら触ってもいいし、可能なものは座ってもいい!
今回、雨なのに土曜のせいもあるのか結構な人数が集まりまして、ファーレ立川が皆さんから愛されているんだなぁ、と。立川市民の方がちょっとうらやましくなるという盛況でした。
ううう、来年こそは晴れてくださいね〜(誰に言ってるんだ)。やっぱりこういうのは一生に一度は見てみたいっ!
なんか、2015年は観測成功したらしい?

ええなぁ。

2019年6月23日追記

ちなみに、過去10年の天気を調べてみましたが、スッキリ晴れたのは2011年しかない!!
夏至の正午の天気(東京地方)

2010年6月21日 月曜日
2011年6月22日 水曜日
2012年6月21日 木曜日
2013年6月21日 金曜日
2014年6月21日 土曜日
2015年6月22日 月曜日
2016年6月21日 火曜日
2017年6月21日 水曜日
2018年6月21日 木曜日
2019年6月22日 土曜日
2020年6月21日 日曜日

*1:なんか言い訳がましいのは、まだ「そうなった」ところを見たことがないからです!

甲信越地方の地震

新潟県山形県で最大震度6強地震があったらしい。
ちょうど、くらげがいっぱいの『鶴岡市立加茂水族館』が紹介された番組(『逆転人生』)を録画で見たばかりだったので、くらげさんたち動物や水族館のスタッフさんは大丈夫だろうか、気になる。
東日本大震災のときは、『アクアマリンふくしま』が大変だったみたいだし…。
もちろん、丈夫な素材の水槽を採用しているだろうし、建物も立て替えたばかりらしいけど、大地震の時はライフラインが供給されるかどうかも大事だし。水や電気が止まったら酸素や温度が…。
夜中だし、今のところ情報はないっぽい。
くらげさん、いつか見てみたいなぁ。ご無事を祈る…。

2019/06/19 追記
水族館のfacebookによれば特に被害は無かったらしい。良かったなぁ…。
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=2321673431242639&id=236943696382300

巡査という仕事ってすごいと思った

大阪の交番でけん銃を奪われた事件、素早い捜査で容疑者の早期逮捕に漕ぎ着けましたが。
ちょうどこの事件の少し前に下記のコミックを読んでいて、交番のお巡りさんって大変なんだなぁと思っていた矢先の出来事でした。

元警察官の方が描かれた、新人女性巡査の奮闘記です。読みやすい絵柄で、知っているようで知らないお巡りさんのことをわかりやすく描いていて面白かったです。
ところで、新聞やメディアに取り上げられるのは本当にごく一部の大事件です。
たいていの事件などはまずは交番のお巡りさんが担当するわけです。
それで今回の事件についても、本書を読んでいても思ったのですが、巡査は本当に命を張る仕事なんだなあと。
多くの人は普通に人生を生きていたら、事件でお巡りさんのお世話にはなかなかならないと思います。私自身、落し物を届けたり遺失届を出したり、まだスマホを持っていない頃に道案内してもらったくらいです。失職中なのに中身にギッシリお札が入っているお財布を届けたときは、我ながらエライとちょっぴり思いましたけど(今で言うコウペンちゃん的な意味です)。
閑話休題
市民としてはそれで良いと思いますが、彼ら彼女らの日常は事件の処理な訳で。
それも、少し前まで普通の市民だったわけで。それなりの訓練と勉強をしたとはいえ、スーパーマンでもなんでもなく、生身の人間なわけで……。
まだ意識不明だという今回の被害を受けた巡査の方、ご無事を祈ってやみません。

雨の日の余計なトラブルを防ぐ5000円

雨の日に鉄道など利用するとき、周りの人に傘で迷惑をかけないような配慮って、やっぱり必要です。
昨日みたいな豪雨の場合、雨が強くなれば風も吹きます。強風で傘が壊れて道端に捨てたら、その傘が風であおられて、交通事故や誰かを怪我させてしまうかもしれない。
また、長傘の場合、雨が止んでからの階段やエスカレーターでの持ち方によっては迷惑とかもあります。というか、長傘って階段で落としそうになりませんか?
自分の場合、試行錯誤の末…

  1. 風に強い折りたたみ傘
  2. 吸水カバー

…のコンボで対策ができました。
この効果は3つ。
傘を風で壊さない、傘で周りを濡らさない、傘を無くさない。二石三鳥!


どうやら、風に強い折りたたみ傘って、設計思想が2つあるみたいで。一つは風に耐える傘で強い風でもそう折れない。もう一つは、敢えて風で折れるのも織り込み済みの傘。ただし骨がバッキリ破損したりせず、強風で骨が畳まれ風を受け流す設計。
耐風タイプを使っていた頃もありましたが、ある時、東京のビル風に負けてバッキリ破損。以来、受け流しタイプを使っています。なかなかいい感じに長く使えています。折りたたみ傘は弱いってイメージがありますが、探せば耐風タイプもあるんですね。4000円しないくらいものです。


で、折りたたみ傘をしまう時、ビショビショのままだと足元や周りがえらい目に。そこで便利なのが1000円くらいで売っている吸水機能付きの折りたたみ傘袋。これに入れて(心配ならビニール袋にも入れて……実のところそんなに水漏れしない)カバンにしまえば、傘を持ってないのと同じこと。


さらに、自前の傘袋を使うようにしたら、
コンビニなどでの店頭の傘立てに放置して盗まれる心配もなくなりました。すぐに傘袋へしまえばいいわけですから。

最近では(使ったことがないからクオリティは分かりませんが)100円ショップでも吸水傘袋を見かけることがありますね。お試しには良いかも? ただ、ファスナーや生地の作りが甘いかもしれません。

濡れた傘袋は帰宅したらファブリーズして干して、傘も広げて乾かす…と。

こういうことで周りを心配しなくていいって、楽なんですよねえ。
変なトラブルを避けるってことで、結局のところ、自衛策なんですよね。

相談しましょう、そうしましょう

タイトルは『はないちもんめ』って子供遊びから。まあ、現実はすぐに「きーまった! 花ちゃんが欲しい! 桃ちゃんが欲しい! じゃんけんぽん!」とはゆかないけれどね。
日本では、家族に困った人がいるという時に、他の人に相談することを、恥と思う人が多い気がして。特に男性。性差別の意図は全くないけれど、経験的に。
プライバシーを守ることを徹底してくれる公的機関やカウンセリング、電話相談もそれなりにあるのだが。
溜め込んでしまって、殺人事件なんてことになるよりは、相談する『いっときの恥』の方がはるかにマシ。そしてもちろん、そういった家族問題の相談は恥ずかしいことでもなんでもない。人が生きるんだから、何かしら問題が起きて当たり前。じつは恥とか思っているのは当人だけだった、ということが多そうに思う。
子どもが小さい時からの教育の段階で、相談することは恥ずかしくないって教えさとすことが、特に男の子には大事かもしれない。未来の事件を減らすために。

働くと引きこもりは紙一重

標題が自分の正直な感覚だ。
よく、就活は縁、っていう。
縁のあって採用された会社(など)で働き始めた場所が、自分が会社に合わせるのがそんなに苦痛ではない場所だった。そうならばやがて慣れて、日々出社できるようになる。
でも、そんな幸運に恵まれた人ばかりではない。
たどり着いた場所が針のむしろで仕事をするどころじゃなかった、なんてことは、
なにか間違えば誰にだって起こり得る。
そして、そんな場所ばかりに出会ってしまい、就職をやがて諦めてしまったら。
引きこもりになっても無理はない。
自分もかつて、前の職場をある事情から退職となった後、半年、実家へ引きこもりに。まあ、家事はそれなりにしてはいたけど、毎日が苦しかった。
転機になったのは、吹奏楽自由演奏会。縁あって参加して、すっごく楽しくて、こういう場所にちゃんと出るためには自分にはお金とか物とかのリソースがないことを理解して、それがハローワークへ行くきっかけになった。
で、たまたまハローワークでマッチングさせてくださった新しい場所が、それなりに居心地の良い部署だったので、なんとかどうにか今日に至るまで続けてこられている。
もし、このご縁がなかったら、自分だって引きこもりを続けていたかもしれない。
社会って、誰にとっても何かしらは難しい場所だと思う。そりゃそうだ! バラしてしまえはいろんな考えを持つ人間の集合体。それを、無理やりにルールや空気感でくくり、あるいは分けて、みんなが都合の良いように組み立てたものだもの。どこかしらいびつで、何かしら自分に合わない。それだから自分が合わせる面は多々ある。そこにある程度は鈍感でないと、生きていけない。敏感な人は、社会に出られなくなってしまって、ある種の劣等感を抱えてしまう。
それでいいの?
それぞれの問題を解決できれば、そういう人だったからこそ、できることがあったかもしれない。
例えば、引きこもっている間にオンラインゲームをやり込んでいた人なら、その経験を今度はゲームを企画する側に活かせるのかもしれない。もちろん、その人次第な話ではあるし、そう甘いことじゃないとは思うんだけど、方向性としては、まったく無いとは思えない。
引きこもっていた間に社会との付き合い方が分からなくなったなら、もちろん、その辺りのリハビリも必要ではある。自分にも前述の就活でこれが必要だったのだけど、ハローワークで実質的に社会へのリハビリになる形になった支援を受けさせてもらえたので、何とかなった。具体的に言うと、隔週でハローワークの担当者さんに面談してもらうこと、それ自体が、社会に再び出る準備になったのだ。あと、就活での面接の練習とか、自己分析とか無理のない目標の持ち方とかは本当に参考になったし。
そうしたことは、親御さん一人で到底できることではないし。
引きこもりのご家庭の方には、何かしらの機関に相談をする勇気を持ってほしいと思う。
ともかくも。今の時代、どこのご家庭でも何かのきっかけで引きこもりになることは起こりうるので、そこを非難するようなことはやめてほしいなと思う。いわゆる他人を巻き込むなら一人で死ね論に、そうした空気を感じて、ひたすら怖い。
同じようなことで、他人に迷惑をかけるな、というのは、一見マナーが良いことでいて、下手したら問題を抱え込んでより悪い結果になってしまう。子供が電車で泣いたからって迷惑がる人がいる。人によっては舌打ちすらする。馬鹿野郎。自分だってかつては子供で、その時の周りの大人に『迷惑をかけて』大きくなったのに、それを忘れて何様のつもりだ。大小便ひとつ、最初から自分で始末できたわけではあるまいに! それに、そういう人が多かったら、赤ちゃんを抱えたご家庭の方が、ますます公共交通機関を利用した外出ができにくくなるじゃないか。赤ちゃんは未来人だ。こころない舌打ちひとつで、誰かの人生を変えちまう可能性を考えられない人はやっぱり馬鹿野郎だ。
脱線したが、なんというかな、かけて良い迷惑ってある。うまく言えないけれども。そういうのとか、相談とかは、人として当たり前で、恥ずかしいことじゃ無いんだよなぁ。
自分はパソコンなどの相談をされるのが仕事だから、余計にそう思うのかもしれないが。
あの2つの大きな事件と似たような問題を抱えられた方に、どうか何かの幸あれと願いたい。願うことしかできないけれど…。

子どものいない人の考える子どもとの向き合い方

子育てをしている知人と接することが時々ある。が、自分は子持ちでもなんでもないため、時々難しさを感じる。
自分だってかつては乳幼児だったわけで、同じ人間なんだし、勝手に難しいと思い込んでいるだけかもしれない…が。返す返すも、子育てをしている友人達のタフなことよ。
ところで、子どもをほめるべきか論がツイッターで話題になっていた。
https://togetter.com/li/1359286
たしかに、ほめるということは、ある価値観において評価すること。まかり間違えば、自意識の過大につながる。前提となる価値観が間違っていることすらあるだろう。であれば、ほめるというより、事実を承認する方が子どものためというこの論旨は理解できる。
例えば、知人の子どもさんが魚の絵を描いて見せてくれたとする。
それは、ほめるほめないの前に、自分を見てほしい、ということなのだと考えられそうだ。であれば『上手に描けたね』というよりは『お魚さんだね』という方がよい、と。
滅多に会わない人にもお魚だって分かってもらえたということだけでも、まずはうれしいわけで。それが会話の糸口になることもある。どこにいたお魚さんなのか、お魚が好きなのか、ちょっときっかけを与えれば、色々と話してくれるだろう。これなら口下手な自分にもできそうだ。
それにしても、この炎天下が日常となる令和時代を生きて行かねばならない子どもたちの健康を祈ってやまない。もう少し、お手柔らかにしてくれぬかね。まだ5月というに…。