「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」書籍版

今日は、id:Yuny:20050112:1105539782で取り上げましたが、週刊少年マガジン2005年6号、7号掲載の漫画「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」の原作本を読みました。
※現在は単行本として読むことができます。

「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」「東京大空襲」 (KCデラックス)

「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」「東京大空襲」 (KCデラックス)


この本はベトナム戦争海兵隊帰還兵のドキュメントです。児童書として出版されていますが、大人も読んでおくべきだと思います。長いお話ではありませんが、心にずっしりと来ます。

「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 (シリーズ・子どもたちの未来のために)

「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」 (シリーズ・子どもたちの未来のために)

できれば両方読むと、彼が体験してきたことがよく分かると思います。海兵隊の苛烈な訓練や、戦う、ということ自体に本質的抵抗が無かったのは、貧しい育ちで自らの糧は人と戦って得ていくしかない、という幼児体験に基づく物であることはこの書籍の方が良く分かったし、逆にPTSDからの脱却への苦闘は、マガジン掲載の漫画の方がはるかに詳しかったからです。*1


書籍版で特筆しておくべきことは、海兵隊の訓練の描写についてです。普通のけんかっ早いだけの人間が、いかに人を殺す機械に改造されていくかということの緻密さと恐ろしさ。人間の心を戦場に持っていけば生き抜くことはできない。それゆえの人間改造メソッドが海兵隊にはあったのでしょうか。上官命令には背くことを許されないことをたたき込まれ、毎日「殺す」と叫ばされて行くうちに、人間が変わってしまう。弾をどこに撃ち込めば容易に当たって敵を無力化することができるか……書籍によれば、下腹部に何発も撃ち込むことだといいます。心臓などよりも的が大きく、当てやすいからです。そういったことを平気で考えられる人間、否、戦争機器に改造される。詳しくは書籍をごらんください。


また、アメリカでの訓練が終わった後、沖縄で仕上げの訓練を受けてからベトナムへと向かいましたが、その沖縄での生活についても。当時、沖縄はまだ日本に返還されておらず、沖縄の中でどんな横暴を働いても、基地にさえ戻ってしまえば問題にならなかった。*2


私が思うに、戦争とは、差別の最たるものではないかと。
ベトナムで、ネルソンさんはじめ海兵隊員は「ベトコンはグークス(gooks)だ」と思っていた。グークスというのは差別語で、『東洋人をバカにしていう言葉です。サーカスの見せ物小屋にいる異形の人間。そんな意味もあります。』とのこと。つまり、ベトナム人は人間じゃない。人間じゃないから殺していい。ほおっておけば自分たちが殺される。そんな感覚が当たり前だったとか。国家政策的にはベトナム共産主義国化をアメリカが恐れたための戦争だったということになります。しかし、現場で起こっていたのは人間を人間と思わない差別。しかも当時公民権運動と同時期で、米国内では被差別層である黒人も、この戦争には参加していた……この矛盾はなんなのでしょう。*3


彼はグークスを殺し、歴史に残るヒーローになるつもりで戦争に行きました。ボクジングの試合にでも出るような、スポーツと同じような感覚でした。18歳で海兵隊に入り20歳までを訓練や戦場で過ごしました。戦場でやった、人を人とも思わず殺す行為、この恐ろしさを本当に心底理解したのは、帰還してからでした。いわば、彼は自ら盲目になったのではないかと思います。命令と自らの野生にのみ従順に、良心に盲目になり罪悪感に盲目になり喪失物に盲目になり。行く前はベトナムというところがどこにあるどんなところかも正確には知らず、飛行機から降りたらいきなり熱風のように暑くて驚いたとか。なぜアメリカが戦争をしているのかも、正確には理解しているわけでも無かった。人を殺すのが名誉で正しいことだとしか思っていなかった……。


その感覚を壊し、人間性を取り戻させてくれた2人のベトナム人との出会い。捕虜となった男性は、自由を求めた闘いをしているのは黒人も同じではないかと訴え、ある村の女性は、図らずもネルソンさん目の前で出産を。産気づきながら避難した防空ごうで、たまたま居合わせたのです。思わず受け止めた赤ん坊のぬくもりが、ネルソンさんの目を覚まさせてくれた。ベトナム人アメリカ人も、母親から生まれた同じ人間だと気が付かされた。残り5か月の任期を、彼はできるだけ人を撃たず、なんとか生き延びるようにやりすごしたそうです。そしてその間中、基地の近くにある村で、ベトナムの子供とできるだけ仲よくできるように努めたとか。


書籍の末尾でネルソンさんは、戦争から平和は生まれないこと。そして日本国憲法第9条に感動したことを述べています。日本国憲法第9条を、世界中の国々が共有するものとして欲しい。それこそが世界から戦争を無くす唯一の道筋だと。そして、この第9条の力を、日本人がもっと知っておくべきだと。
私も同感です。
地球そのものが危ないと言われているのに、戦争なんかしている場合じゃない。人間同士血で血で洗うことなどしている場合じゃない。そうでなくても、人の命を命とも思わず奪っていくことなどしてはならない。そう思います。

*1:PTSDの克服のために、彼は自分がしてきたことについて18年もかけてしっかりと見据えることができるようになったということは、書籍版には無かったことでした。おそらく、書籍と漫画というメディアの違いや、対象年齢層によって変えたのかと思われますが。

*2:また、日本返還後も基地が残されていることは、大多数のアメリカ人は知らないことのようです。1995年に沖縄で、アメリカ兵が12歳の少女に乱暴して訴追され、日本では大きな問題になりましたが、アメリカではニュース番組の最後にちょっと読み上げられただけだったそうで。それをたまたまネルソン氏が目にし、沖縄の基地が現在でもあることを知り、それが日本で講演活動を行うきっかけになりましたが……。

*3:基地では黒人差別が肯定されてもいたそうです。黒人も白人も戦場に立てば助け合う同士、しかし基地では差別があったそうです。