神椿市まで、あと2時間

なんかそんなタイトルのゲームなかったかな……『秋葉原まで13時間』、だった。
あれもなかなかな力作だし、クリエイター目指す人はやってみるといいかもしれないとか思ったり(参考になるかはわからないけど)。
それはともかく。
アニメ『神椿市建設中。』のひとまずのフィナーレまで、あとだいたい2時間なのである。
なんとなく、このコンテンツの性質からして、何らかのクリエイティブに関わっている(趣味とか仕事とかは問わない)人が好きそうな印象が今のところある。
現実と空想の狭間を例えば2.5次元って言い習わされるようになって久しいのだけれど。
漫画の中でしかなかったオスカル様やアンドレ様をミュージカルの世界に召喚した、宝塚版の『ベルサイユのばら』とか。
当時は2.5次元って言い方はもちろんしていなかったけれど、例えば、漫画の中のあの目のきらめきをなんとか現実に再現しようとして、ライティングや立ち位置を工夫したとか聞いたことがある。そういうことからして試みておられたことは漫画の現出なんだから、やっぱり、敬意を込めて2.5次元ってお呼びして良いのでは無いか、と思ったりする。
で。
あと2時間の『神椿市』である。
本当にたまたまdアニメストアでタイトルが目に入って、たまたまプレイしたら面白かったから……ってことで、小説もゲームも完クリしてしまったのだが。その価値は本当にあったと思う。
『神椿市』のコンテンツって、現実と空想………仮想の「あいのこ」のような感じがずっとずっとしていた。その最たるものが第11話のタイトルもズバリな『仮想と現実』の回。
そもそも本作のCVをしてくださっているのは、実際に本作のキャラと同じ顔立ちで歌手活動をしているヴァーチャルシンガーグループ「V.W.P」のみなさんなのだけど。このグループ名からして「仮想世界の魔女」を名乗っていたわけで。「神椿市」は歌手活動の背景世界でもあったらしいし。
でも、あの11話でも示されたとおり、彼女らがライブをして声が届くのはあくまでも現実の世界だし。あの回では現実の横浜の大きなホールだった。
ゲームの時でも、化歩ちゃんが現実世界に助けを求めたのは渋谷とか新宿へなどだった。もちろん、話としてはこっち側の世界で声の届く場所、全て、ってことだとは思うけれど。
聖地巡礼っていうものがある。
何かの物語で、その舞台になった場所をファンが訪れることだ。
寅さんのファンが柴又に行くみたいなやつ、と、かんがえると、それこそ、同じようなことは昭和の頃からある。
でも、神椿市の場合……聖地っていうのか、現実の中で彼女らの音楽が生きているシーンは全て聖地なんじゃ、って思える。スマホニンテンドーSwitchなどの中で彼女らの音楽を流したら、たちまちその空間が神椿市への観測窓であり、その意味で聖地になるみたいな。それくらいの柔軟性を感じてしまった。今まで、自分なりにいろんなアニメやゲームをやってきたけれど、ここまで「入り口感」を覚えたコンテンツは不思議と無い。
あの11話やゲームでの現実からのフラグメント集めのシーンなど、「みんなの声で応援してね!」なんて、それこそプリキュア映画では定番の演出らしいし、それ以前からずっと昔からある手法ではあるんだけど、やっぱりそれらとは何かが違う。切実さというか、没入感というか。あのシーンでは、みんなの支えがなければ本当に神椿市は滅びてしまうよ! というのを、半ば自分ごとのように感じさせられてしまった何かがあったんだ。だから私は急いでSwitch版のゲームをプレイして、連休を潰して一気にクリアした。この世界のことを知る必要を覚えて。
知ってみたら、予想以上に困難で、容赦がなくて、それでも生きている世界だった。
ゲームでは、バトルシステムはともかくシナリオには容赦がないな、と、何度も思わされた。
我々は何度も敗退した。
ラスト1巡前のストーリーなんか、バトルでの全滅とその後の奇跡の復活を前提にして無理矢理進めるしかなかった。化歩ちゃんの歌でフラグメントを現実世界から集めてくることに全てを賭けるという無茶な作戦。無謀。成功率なんか計算不能。ありえない。ドラクエでいえば画面真っ赤だ。
その、数々の負けが、最後の勝ちを作り出した。勝つためにはあれらの負けが必要だったのだ。どんなにハードなシナリオでも最後の歌にすべてをつないで。
そんな、最後の歌の少しだけ後の世界を覗けるまで、あと90分くらいとなった。もちろん、アニメ版とゲーム版では別の世界だ。何よりアニメ版には、あの主人公くんがいないのだけれど。それでも、終わりの後の神椿市が覗けるのには変わりがない。
アニメ版については、もう少しだけ触れておきたいことがある。
前半、相当端折っていた展開については、おそらく視聴者の間では賛否両論だったのではないかと思う。化歩ちゃんにいつのまにか仲間ができているとか。ファミリアがいるとか。そのあたりは小説版を読むとフォローできるのだけれど、やっぱりこれは1クールという中でなんとかあの仮想世界の戦いをテンポよく伝えるために必要だったと思う。ちゃんとその辺りも踏まえてやるには2クールは必要だっただろう。
結局、神椿市のクリエイターさんたちは短期決戦を選んだ。
毎回、EDがMVだったりすることもあるし、制作リソースの問題もあるのだろう。ただおそらく、一番やりたかったことは、少しでも早く熱いうちにこの世界のストーリを1巡させることはないかと思う。1巡してこそ面白いのだと。
ゲームクリアして少しその辺りがわかった気がする。
あと1時間と少しとなった。
ゲーム版では「まくすうぇる」とまともにバトルして打倒したが、アニメ版での勝ち方には変容があった。
化歩ちゃんたちが歌の力で現実の世界から神椿市へフラグメントを呼び込み、此処ちゃんの腕を再構成したり、狸眼ちゃんや「はすたー」を復活させたりしたこと。
この、フラグメントを現実世界から神椿市に呼び込んでカタチにする。これを先に達成した方が勝利者だ、という隠れたルール。
観測者としてはこのアニメ版の「まくすうぇる」があまりにも強いためにどうしたらバトルで勝てるかばかりを考えてしまっていたが。
「らぷらす」はもっと別の発想で、世界を書き換えるなど武力とは違うカタチでの勝利を模索していた。
圧倒的な敵でも勝ち方はあるのだと、思い知らされたように思う。勝負と生存は時に違うのだ。
さて。
神椿市まで、あと1時間。
彼女らが、1000年に及ぶ戦いの果てにみつけたものは何だったのか。
現実の時間では30分に満たない短い話ではあるけれど。じっくり見届けたい、と、思う。
それにしても……仮想世界の歌か。そういうカタチだからこそ、語れることがあるなんて、非常に現代的で面白い現象だ。
このアニメはそもそもVTuberとかってどういうものかを知るキッカケになってくれた。
この流れは止まらないだろう。一つの歌謡の形として。