氷上に夜叉降臨

女子フィギュアスケート
浅田真央選手とキム・ヨナ選手の対決が、ついに五輪のリンクで実現した。この件に関してはさまざまに報道されているし、たぶんもっと専門的なメディアなりサイトなりが分析やコメントを出しているだろうから、私は事実関係については触れないでおく。


テレビで見ていて思ったこと。


キム・ヨナ選手は、もうなんというか……神がかり的としか言いようがない。一人だけ次元が違う世界を生きている気がする。スキー・ジャンプ競技のアマン選手とか、ノリまくって手をつけられない時のイチロー選手と同じ種類の、ディヴァイン・アスリートの域に達してしまった。


対するほかの選手たちについて。
鈴木明子選手は、観客を楽しませるのが自分の楽しみ、というような明るいスケーティングだったように思う。プロスケーターに向いた滑り方。見ていてこちらも楽しかった。初五輪初入賞(8位)おめでとうございました。
安藤美姫選手は、よくぞここまで歩んできたなあ! という感じがある。彼女のスケートはどこか、誰かが支えていないと危うい感じがして、それがまたほかの選手にはない魅惑的な輝きでもあるのだが。本当に色っぽくなった。そして、今回は今までで一番かっこよかった。トリノの「アレ」を乗り越えて来た彼女。本当に強い選手だ。5位入賞、おめでとうございました。
それから、長洲未来選手。五輪のオオトリを16歳が務める。これもまた現在の女子フィギュア界を象徴していると思う。年齢差関係なく、シニアデビューをしてしまえばもう全員が同じレベルで戦っている。躍動的で元気なカルメンだった。彼女もまた、初五輪初入賞(4位)。おめでとうございました。
ジョアニー・ロシェット選手。五輪女子フィギュア直前に、応援に駆け付けようとしていたお母様が亡くなられたらしい。その状況で氷上に立ち、あれだけの舞を見せてくれるとは……。スコアも200点を超えた202.64。フリーの演技で一度バランスを崩しかけたが、きっとあの瞬間に体を張ってお母様が支えてくれたのだろう。あそこで転倒してしまったらまずこの結果はなかっただろうから。銅メダル、本当におめでとうございました。お母様のご冥福をお祈りしています。


さて。浅田真央選手。あの途中で何かに靴先を引っかけたような「感触」が無く、すべてノーミステイクだったとしても……キム・ヨナ選手に追いつけたかどうか? そのあたりの検証はほかのサイトさんに譲ろう。自分にはできないので。
それよりも、だ。今大会の彼女は……。なんというか。
いつもにこやかにファンにこたえてくれる彼女。しかし、氷上ではまるで違っていた。もちろんいつも試合のときは真剣なのだけれど、あんな浅田選手を見たことが無い。
http://www.yomiuri.co.jp/olympic/2010/photograph/garticle.htm?ge=672&gr=1962&id=61225
読売新聞社の写真だが……神を倒そうと苦闘する天才。自分を克服し、さらに上へ駆けあがろうとする戦士。炎が見えるような演技だった。もちろん、直前に演技したキム・ヨナ選手の演技、叩き出した世界最高得点、それへの大歓声、そしてその余韻が大きな敵だったとは思う。その中で自分の武器を、実力を発揮するのは並大抵のことではできない。


あの状況の中で、彼女は、夜叉になったのだと思う。


執念とか、絶対に獲得するといったような、美しい牙。
これは、キム・ヨナ選手には無かった。ディヴァイン・アスリートであるがゆえに、決してもちえないものだ。
それを浅田選手は手に入れ、発揮したのだと思う。


……だからこそ試合の後、あれだけくやしかったのだろう。「浅田真央」としては、もっとほしいもの、できたはずのことがあったのだろうか。それは、金メダルだろうか……やはり。それとも、あの失敗に対する悔い、だろうか。
初五輪で初メダル、そして自己ベスト更新。それだけを見れば、決して恥ずかしくない結果を収めたのだけれど。


彼女たちはお互いに全く違うタイプの選手であり、アスリートなのだ。
こんなレベルの戦いは、どんな競技でもそうそう見られるものではない。
同時代人として、同じ亜細亜の人間として、二人を誇りに思いたい。