『いのちをあげるよ』

突然ではあるが、今日は頭の中で、十年以上前に観たミュージカル『ミス・サイゴン』のことがぐるぐるしていた。


今は亡き本田美奈子.さんが出演し、アイドルから女優としての転機となった出世作


ベトナム戦争期のサイゴンを舞台に、熱く燃えた愛と戦いの物語だった。


本田さんはヒロインのキム役。
うろ覚えだから間違いもあるかもしれないが、主な筋立ては以下の通りだったと思う。
キムはベトナム人だったけれど、生活のために米兵相手の娼婦をしていた。
ある日、米兵の一人であるクリスと恋に落ちてしまう。クリスもキムが忘れられなくなる。
ベトナム戦争が終わり、社会的な混乱の中でクリスはどうしてもアメリカへ帰国しなくてはならなくなった。しかし、キムはクリスとの間に子どもを身ごもり、一人で産んで育てることになる。
戦後、クリスは一度はアメリカで結婚したものの、キムを忘れきれず、再びベトナムを訪れる。
一方、キムは息子のタムをクリスが認知してアメリカ国籍を取れれば、タムはきっと社会が混乱して経済も貧しいベトナムで生きていくよりも強い未来を切り開けるはず、と、思う。息子の未来をクリスに頼むけれど、結婚した手前、妻とキムの間でクリスも思い悩むことになる。
そして、キムは息子がアメリカ人として国籍を得て生きていけるように、最終的に自害する道を選んだのだった……。


そんな激しくて献身的な女性・キムが、クリスと息子のタムを想い、オンナとして母としての気持ちを歌い上げる有名な曲がある。『いのちをあげるよ』というナンバーだ。

内容は以下の通りだ。

わたしとクリスの許されない恋の末に産まれてしまった……きっと産まれて来たくはなかっただろう息子に、せめて、母は、母には無いものをあげるよ。
それは、自分が死んだ後の世界で生きていける未来そのものよ。
息子よ、チャンスをつかみなさい。息子よ、わたしの命をあげるから、どうか強く生きて……。

そんな激しく切ない祈りの歌。

キムとタムのような状況じゃないにしても、すべての子供たちは、母親から未来を託されてこの世に産まれてくるものだと思う。
母親は子どもの未来を見ることはできずに先に死んでしまうのもまた宿命だ。
母親は自分が持っていない未来とチャンス、そして命そのものを、子どもに与えてくれる。

だから子どもは、母親の祈りを受け継いで、どんな形にしても生き抜かなくてはいけないんだ、と、今日、ずっと考えていた。


この曲における本田美奈子.さんの凄まじい歌声は、一度は聴いておかないと、人生、損をすると思う。

未だに忘れられない。あの舞台を。一度しか観ていないのに。あるいはそれゆえに。

ミュージカル『ミス・サイゴン』より『いのちをあげるよ』は、彼女のCDにも独立した曲として入っているし、ミュージカル自体の映像か音源はヒット作だから出ているはず。


とりあえず今日は、着うたフルとして携帯に購入して聴いていた。

本田さんのCD版の音源は、いまいち伴奏のアレンジに甘さがあり、もっと厳しいアレンジの方が似合っていると思った。それに、正直なところ、本田さんの声量、技量、感情に、アレンジャーもバックバンドもまったく付いて来れていないとも。これならア・カペラの方がまだましだとすら感じたくらいだ。

できるなら、佐渡裕さんの指揮の『シエナ・ウインドアンサンブル』との競演で聴いてみたかった。
今となってはもう無理だけれども。

それにしても。
いのちを託され、未来を築く。
その自覚がまだまだ、自分には足りないな……。