いつからだって、書ける。

今夜は、昔を思い出すことがあり。
はてなダイアリーを読み返したりしていた。

で一目瞭然なんだけれども、ほんとうに10年前はよく書いていたし、ある意味では自分の活動も活発だったと思う。
10年前くらいの自分を探していて...たとえば2007年正月の記事は、正月から仏具を磨いたりしていて。
http://d.hatena.ne.jp/Yuny/20070101/p1
この年の自分は気合が入っていたんじゃないかな。正月からこれだったんだから。

2016年は一応『ほぼ日手帳』を買ってみた。久しぶりに。WEEKSなら活用する機会もあるかなあと思ったけれど、今年はあまり活用しなかったのを反省。
2017年用も『ほぼ日手帳WEEKS』を買った。2017年の準備である12月1週目から、出勤したら仕事机に必ず手帳を置いて、朝の食事日記をさっくりメモ的に書くことから始めている。面倒だと続かないし、仕事の合間の気分転換にやるのでカロリーとかまで書くわけではなく、本当に数行、一言くらいの感じだ。1週間1ページのところがあるので、1日枠の3分の1に線を引いてさらっと。
でも、そうやって机上に置いてみると、何かしら書くことが出てくる。つまり、手帳を活用することになる。仕事机を使えなくなる休日も書くように気をつけるようになった。結果、日々三食を記録できるように。
そうして、オンラインオフライン問わず考えたら、書くことがなくなったわけでは無いのだってわかってきた。

それで、なんでこのところはてなダイアリーを書いていなかったのかを考えてみたら、一つにはネット炎上事件とか、プライバシー的な問題(本人を特定されたりとか)を恐れたり気にしすぎて、心がこわばっていたのはあるかもしれないなあと。
インターネットの居心地がだんだん悪くなっていくのと、自分の執筆速度の低下はある程度は一致する。
でも、先日、昔の友人に久しぶりに会う機会があり、その方は「ときどきブログを見ているよ」と言ってくださった。そういう方もいてくださるのだ。
それに、やっぱり『はてな』は書きやすい。『はてな記法』は自分の工具として指に染み付いている。

書くのが嫌いになったわけでは無いんだし。書きたいんだったら書けばいい。
すっごくシンプルなことだった。
やりたいことがあるなら、やればいいんだ。
やりたいことに何か障害があるなら、障害を少しずつでも取り除けばいい。

いずれ人は誰でも、この世で何もできなくなってしまう。そのときになって後悔する前に。