音楽AIの可能性と、危惧されること

午前中に書いたエントリの続き。
例の、AI美空ひばりによる歌唱をどう捉えたら良いかについて、狭い見識ながらも考えてみたいと思います。
今回の作品は、歌詞は秋元康氏、衣装は森英恵氏、振付は天童よしみ氏など、ひばりさんを知り尽くした演出家たちによるものでした。
また、それこそ人生をひばりさんと生きてきたファンの中のファンの皆さまによる事前鑑賞の機会もあり、かなりのダメ出しを受けたようです。
その意味ではかなり人の手を掛けたAIと言えます。この令和時代にひばりさんが天から帰ってきてくださったら、こんな歌を歌ってほしい…という、ファンの熱意が生んだものだといえるのです。私はその点について、不思議な感動を覚えたのかもしれません。半分、二次創作のような……。
ファンの皆様がひばりさんに再会できた、あの頃を思い出せた、元気が出た、というなら、それはそれでスタッフの皆様が報われたことでしょう。こうした感動には嘘はなく、今回の企画は故人アーティストに触れるための一つの方法として、豊かな可能性を示したと私も考えています。今まで美空ひばりさんを知らなかったけれども、AIでこれほどすごいなら本物はどれだけの方だったのだ、というような感動をした人もいたようです。ソースは失念しましたがツイッターか何かだったかと。
今回は好評だったようですが…しかし。
秋元康氏をはじめとした各氏の仕事や、さらに作編曲、プロモーションすらもAI化し、楽曲自体やPV制作、楽曲にまつわる物語すらも完全に機械だけで行うことができるようになったとしたら。その楽曲に感動することは出来るのでしょうか。
また、感動する、しないは置いておいても…。
今回のようなAIによって曲をアルバム1本分、10曲くらい制作し、『美空ひばりが秘密に制作していた音源!』とか言って売り出されたら。
つまり、平たくいうと音楽の詐欺です。このレベルは流石に犯罪でしょうが、買ってしまう人はいるのではないかなと。
実際、何も知らずにあのAI音源の一部を聴いたら、ひばりさんの新曲だとか自分には未知の曲だとか思ってしまっても不思議はなさそうでした。彼女の作品はとても多いので、私は全部を聴いたり覚えたりしたことはないのです。たぶん、私は騙されてしまうでしょう。
こうしたことで人を感性的に騙す方向でAIが使われないように、なんらかの規制が必要ではないかと心配になります。ただ、規制をすれば自由な発想での技術開発が阻害される心配もありますけれども。