夢美と銀の薔薇騎士団

子どもの頃好きだった作品がリビルドされることがたまにある。
あの『銀バラ』が『銀薔薇』としてリビルドされていたのは前から知っていたが、電子書籍ならではの全巻一括版が出ていた。昨今の出版物は高騰しているが、当時の価格に比較的近かったのがKindle版。思い切って読んでみた。
前書きとして、本書はかつて銀バラファンだった人をメインターゲットにしたものだったようだ。
ローマ教皇が秘密結社『銀の薔薇騎士団』に託して永く歴代にわたり守らせてきた7つの聖宝。しかしあるとき、騎士団の内紛により世界中に流出してしまった。当代の若き総帥、鈴影聖樹はそれらを取り戻すため、日本で出会った仲間たち(夢美・ヒロシ・光坂や幼馴染の冷泉寺)と世界を駆け巡り奮闘することになる……という話。
と、書くと冒険感もあり、ミステリアスでサスペンスな雰囲気。実際、ワクワク感は旧作以上であった。
しかし残念な点も多い。
今回、完結を目指すにあたって、旧作では薄かった鈴影聖樹自身のキャラクターが掘り下げられた。幼少期から総帥になり、ドイツを出国して来日、日本の高校に留学してサッカー部に入ってGKになるまでの一連の流れが丸々一冊書き下ろしでフォロー。それ自体は大変良かった。作品世界の解像度が桁違いに上がり、キャラクターが深まった。
しかし、ここで作品構築上での問題が発生していたのではないだろうか。つまり、ストーリーの目的の変換が起こってしまったのではないかと指摘したい。
旧シリーズでは、ストーリー全体の目的は七聖宝収集と仲間の帰結だ。特に主人公の夢美が騎士団の象徴である『貴女』になることだっただろう。
しかし新シリーズでは、そもそも七聖宝を紛失してしまったのは、ある人物の私欲であったことが深く掘り下げられた。そのため、あくまでも七聖宝収集は手段であり、これをきっかけに騎士団の体制や人事を刷新するのが鈴影自身の最終目的となった。
このように、夢美だけでなく鈴影を主人公格に持ち上げることとなった結果、ストーリーの主観者である夢美に見えている目的の達成がゴールなのではなく、あくまで話にピリオドを打てるのは鈴影となってしまった。読後感がもう一つスッキリしなかったのは、最後の戦いを鈴影だけの視点で進めたせいだろう。ここまで話を進めてきてくれた夢美の視点が宙に浮いてしまったように思える。
ぶっちゃけ、ラスボス戦に背中を預けられない主人公バディってなんだそれ、という感じがするのだ。夢美の視点は読者の視点。彼女には鈴影と対等な立場に立って欲しかった。実はそれができる可能性を本作では逃してしまっている。
終盤直前、銃で撃たれた鈴影を夢美が身体を張って守り、アガペーという愛の奇跡で銃弾を停める感動的なシーンがある。旧作では非常に美しいと思ったところだが、新作に生かし切れていなかった。
話の時代をインターネットとウェアラブル端末のある2000年代に直した結果ではあるが、鈴影を応援する無名や地位の低い騎士がネット上で増え、かつて考えられなかった革命が起きたという流れが追加されていた。これ自体は大変感動的だった。最後の戦いに夢美が参加できないのは戦闘能力がないからなら、夢美のアガペーの奇跡がネットを通じて騎士団内に広く報じられ、仇敵アクスクーの味方が戦場でもネット上でもほとんどいなくなった、というのでも良かったのだ。鈴影も主人公にするのであれば、彼の最終目的にはやはり夢美も参加していないとおかしい。
実は新作では、夢美は鈴影に旧作ほど真っ直ぐに向き合ってはいない。今の恋愛は単なる過程とか、セフレがどう、みたいな、妙に冷めた話をしているシーンがある。このシーンは明らかに不要だった。ここで読者としては夢美を応援する気がいささか削がれてしまったのだ。作品世界の解像度を上げすぎた結果、キャラクターたちが変に現実を見てしまったのではないだろうか。ヒロシが夢美を待つとか、聖宝を集め終えた後のコネ進学や就職の話とかも不要だったと思う。それらはあくまでフィナーレで数行、あるいは番外編などで書いておけば良いことで、まだ主人公たちが話の大目的を達していないのにするべき内容ではない。
それから、最後の締めくくり。
結局のところ、読者の想像にお任せします、といえば聞こえはいいが、ラストバトルで鈴影は死んでしまったのかどうかという、もっとも重大なことを描くことから作者が逃げてしまったようにも取れる。
小説の世界は現実ではない。だからどんな夢を見たっていい。例えば、住む世界の差を乗り越えて、夢美が騎士団の貴女になっても良かったし、自分の幸せを求めた鈴影が夢美を求めてもよいし。それに鈴影という超強烈なライバルに、普通の高校生であるヒロシや光坂が恋愛の勝利者となる驚くべき展開だっていい。そもそも鈴影には冷泉寺という背中を預けられる女性がいたし、新キャラだがアーデルハイトという超強烈なお嬢様だっている。生涯かけて騎士団の変革をするなら、彼女らの力が絶対に必要だ。どちらかを貴女としても読者として納得できる。
さらにピアスのチカラでヒロシたちが動物に変身してしまう設定や、七聖宝の能力も使い切れていなかったと思う。とくに七聖宝。最後のグノームの聖剣には『断絶』という恐ろしい能力がある。例えば恋に悩んだヒロシがこれを使って夢美と鈴影の関係を断とうとするが、奇跡が起きてできなかった、みたいな流れがあっても良かった。こんな魅力的なアイテムが全く使われないくらいなら、なんらかのドラマが欲しいと思う。
キャラクターや設定を生かし切れていないまま、なんとなく終わってしまった感じでもやもやしてしまった。10巻を費やし、未完結から何年もおいてから書き直しても、こうなってしまったのだ。誰かの要望を通せば誰かの夢が潰れる。そこを忖度しすぎてしまったのかもしれない。ここまでやるなら、スッパリ斬って欲しかったのだが。
キャラクターや設定が魅力的な大河作品を終わらせる難しさを感じてしまった。読んでいる時のワクワク感は本物だっただけに、残念だ。
ただ、かつて破綻した作品を、ファンのためにもう一度作ってくださり、読めたことには感謝が絶えない。
モノを作ること、夢見て行動すること、多くの物を知ること、人を大切にすることはすべからく尊いといえる。藤本ひとみ作品はティーンズ時代の私にワクワク感とともにそう教えてくれた。そのことには今でも感謝している。