熊本県立盲学校アンサンブル部の挑戦

『アンビリーバボー』で、2004年度全日本吹奏楽連盟アンサンブルコンテストの全国大会(大学の部)で金賞を受賞した『熊本県立盲学校アンサンブル部』のドキュメントをやっていました。盲学校って小学校〜高校に相当する課程*1のようですが、大学の部での快挙だったんですね。
番組の情報に加えてちょっと調べてみましたが、演奏した『鎮魂歌「8つの打楽器のための「ジャンヌ・ダルク」』は実はこのクラブのトレーナー、冨田篤先生の作曲との事。アンコン用に書き下ろしたそうです。作曲者という「J・グラステイル」って、顧問の草尾先生のお名前をもじったペンネームらしいですね。
打楽器アンサンブルは視覚的な迫力があります。それに、特に音大の打楽器アンサンブルコンサートなどでも感じる事ですが、ノリがいいステージを創る方が多いのです。その意味で、クラシック音楽は堅苦しそう、とか思うヒトでも、打楽器アンサンブルのコンサートは結構チケットが安い事が多い割に、お祭り的雰囲気でやる事が多いからオススメかもしれません。(モーツァルトとかそっちのバリバリのクラシックをお求めの方には方向性が違うかもですが。たまにアレンジ物でモーツァルトとかもやるみたいですが、基本的に打楽器アンサンブルって現代物が多い気がします)


閑話休題。テレビで放送されたアンサンブル部、ですが。吹奏楽部ではなく打楽器アンサンブル専業のクラブ、というのはそもそも全国的にも珍しいかもしれない、と思いつつ見ていました。盲学校での楽器練習ってどうやっているのかも興味津々で。
心に残ったエピソードは、マレット(木琴や鉄琴を叩くバチ)の持つ場所は三分の一くらいの位置で、という打楽器奏法的鉄則があるのですが、目の見えない彼女らには「三分の一と言われても分からない」ということ。たしかに、見えないから目測の数値で言っても伝わらないわけですよ。
それに、鍵盤打楽器は目が見えないと正確な位置が分からず、演奏に支障が出るわけです。でも、打楽器アンサンブルでは旋律は鍵盤打楽器が受け持つわけで。おそらく最初は手探りで位置を覚え、先生の指導で正しい音を覚え、体が位置や角度をマスターするまで反復練習しまくったのでしょう。
それだけに、合奏が成り立つか……まず、曲が曲として通せるようになるまでが大変だったのではないかと思います。ただし、彼らの耳は非常に鋭いので(目が見えない人はその分耳など他の感覚が鋭くなる物なのだそうです)一つの基本型が成立したら、その後を伸ばしていくのは早かったかもしれない……と、想像しています。まず通せるまでが大変だとは思いますが。ただし、全曲暗譜が最低ラインで、楽譜への書き込みも無しなので、注意点を完全に修正するのも大変だろうなあと。また、打楽器は運搬したら組み立てなくてはならないわけで、この辺については第三〇回九州アンサンブルコンテスト 熊本支部予選本番前(後述の書籍から)の記述が参考になりそうです。


練習方法で参考になったこと。
トレーナーは週1回しか来られない。そのため、一人一人に課題を出し、次週できっちりチェック。基本的な事ですが、楽器修得のためにはもっとも効果的なことは「出来ているかどうか定期的に客観的にチェックする」こと。そして、出来ていない時は「なんで出来ないか」「何が出来ないか」を本人が自覚できるようになること。先生が厳しいタイプだったので、きちんとやっていく事が出来たのではないかと思います。
人に合わせるという事の理解。これはある程度をクリアできると「自分は出来ている」と思いがちで、他の人に対してどうか、というアンサンブルの生命線は言わないと分からないことで……。
努力と評価と進度が明快に分かる環境であれば、人は自信を持って自身を伸ばす事が出来る。なんだってそうです。
入学当時は打楽器の経験が無くても、きちんとした指導の元に学べば、数年で全国レベルになることも不可能ではない、ということ。この「きちんとした指導」というのは、楽器の技術、または音楽する心の問題だけではなく、こういった評価をされることや、人前で演奏すること自体も含みうると思います。オーディエンスの元で演奏する事は、時には練習1000回に相当する成果をもたらすことがあるでしょう。人に聴いていただく、という緊張感が、自分にもたらす作用は不思議で、練習の時に気が付けなかったことに気が付いたり、見えなかった音が掴めたりします。


初出場で全国まで行くこと自体が非常に珍しい(たまにはありますが)のがアンコン。
演奏のVTRが放送されましたが、この曲に関して言えば音大以上のレベルだったかと。合奏というのは、合わせて奏でるわけで。その意味でアンサンブルらしいアンサンブルだったと思います。
指揮者がいないアンサンブルで、目が見えない彼らがどうやって出だしを合わせるか。第1奏者のブレスでピシッと合わせたとのこと。広いコンサートホールのステージでブレスの音を全員が聴き取る。ステージにはかなりの台数の楽器が置かれており、しかも出だしの奏者は一番端。楽器の設置部分の横幅は5〜7メートルくらいはあるのではないでしょうか。いくらステージ上が静寂に包まれていても、最大5〜7メートル先のブレスを聴き取って演奏のタイミングを取る。これは全員がよほど集中していないと難しい事です。曲の構成がそういう意味では合わせやすくなってはいますが。
それから、番組には出ていませんでしたが、演奏前のティンパニのチューニングはどうやっていたのかとも思いました。ペダルティンパニだったし。音叉を使って耳頼りにやっていたのかな……。だとすると素晴らしい技術です。チューナーを使う方が一般的かもしれません。また、楽器の配置がちょっと変わっていて、ティンパニ4台を分割して一人一台ずつ担当しているんですよね。鍵盤打楽器以外は、ティンパニバスドラムとか、ティンパニとチャイム(鐘)とか、ティンパニ1台と何かの楽器、という配置になっていて、それも多分、このメンバーのための工夫だったのではないでしょうか。ティンパニ4台を一人で担当するには、かなり専門的な技術が必要なのでそうなっているのかもしれませんし、楽譜の書き方がこのような叩き方に向いているのかもしれません。こればっかりはスコアを見ないと何とも言えませんが……。
ともあれ、ブラボー! な演奏でした。


息を聴け

息を聴け

この部の快挙は書籍になりました。楽譜も参考程度には収録されているそうです。
また、全国大会受賞後も、後輩の方々が演奏をしているようですね。(熊本県立盲学校公式サイトからアンサンブル部の紹介。全国大会のステージ写真有り)

音源とDVDを発見しました(2009/08/21追記

[吹奏楽]熊本県立盲学校/8つの打楽器群の為の「ジャンヌ・ダルク」 /ジェリー・グラステイル
http://www.brain-shop.net/shop/g/gTYKC-2559/
http://www.brain-shop.net/shop/g/gTYKD-1554/

*1:ただし高等部には年齢制限が無いらしい。高等部専攻科は高校卒業者が対象の様。