不思議な楽器の体験談

以前アニメ化された影響もあって、時々『裏世界ピクニック』を読んでいる。
読みどころを挙げると長くなってしまうので触れないが、実話怪談と都市伝説の違いをこのシリーズで初めて知った。本当にあった話なのか、単なる噂話のようなものなのか、ということだろうか。たしかにこの差は大きい。
さて、以前からたまに書いているように、私は中学時代を吹奏楽部で過ごした。あの音楽室と楽器室には、トロンボーンに懸けた青春の想い出が詰まっている。そんなある日の、ちょっと不思議な体験談を、この機会に書いておこうと思う。
たしか、中学2年生の頃だったと思う。まだ一つ上の先輩は学校にいらっしゃった記憶があるし、かと言って部活に入りたての頃でもなかった。それと、可愛い後輩もいたはずなので。
うちの中学は、かなり昔から吹奏楽部が盛んだったらしい。楽器室にはもう使えない楽器が大量に保管されていたし、楽譜や教則本なども古いものも多かった。
そんな折、楽器室の改装工事が行われることになった。その際、不要な楽器を一気に処分することになった。
不用品の大整理が数日かけて行われた。今後も使う楽器や機器材は楽器室から運び出し、他の鍵のかかる教室へ移動した。そして楽器室には、もう錆びついて使えない金管楽器、キーが動かない木管楽器、使い所がない古いキャリングケースなどなど、学校の歴史の中で使われなくなった、かつての金賞時代を知る品々が山積みになった。
その上の方に、あのメロフォンがあった。
メロフォンというのは知っている人が少ないかもしれない。日本の現代吹奏楽ではあまり使われないと思うが、簡単に言うとホルンの仲間だ。ただ、音程を変えるレバー&ロータリーの部分が、トランペットのようにバルブ&ピストンを押し込む形状になっている。また、ホルンは左手でレバーを操作するが、メロフォンは右手側にバルブがある。

参考

私は吹いたことはないので、ホルンと比べて音が出やすいかどうかまでは分からないけれども、ともかく、うちの部活では当時のさらに数十年前までは現役だったんだろう。何台もあったメロフォンにも、ついにこの学校を去る時が来たというわけだ。長い間の保管の間に、指で押し込むバルブ部分は失われてしまっていた。……そのはずだった。
不用品整理がひと段落したある日の夕方。私は練習中に、ちょっとした忘れ物のため、久しぶりに楽器室へ向かった。
鍵を先生からお借りし、開いた。
夕暮れの楽器室は、しんと静かだった。
そして、楽器が山積みになっていた。
なんだかもったいない気もするな、と眺めていたら、奇妙なことに気がついた。
あのメロフォンのバルブ部分。何もないハズなのに、透明なもやのようなものが見えていた。それがちょうどバルブのTの字型になっているようだったのだ。
急いで、仲の良かったユーフォニアムの後輩の女の子を呼んで来た。見間違いではないかと思ったのだが……彼女にも見えるという。嘘をついたり、話を合わせている風ではなかった。
だいたいそんな嘘をついても仕方がない。彼女とは先輩後輩というより、楽器友達のような仲の良さだったので、お互い、言いたいことを言えたし、むしろ先輩である自分がしょっちゅういじられていた記憶もある。先輩のイエスマンのような子ではなかったので、もし、自分の見間違いだったら、これをネタにしてすぐいじってきたはずだからだ。
私は忘れ物を取り(自作の教則本だったと思う)、後輩と2人、不思議なこともあるんだなと言いながら、今度こそ楽器室を後にした。
あの山積みの楽器はその後、処分され、数ヶ月の改装工事の後、楽器室は生まれ変わった。温かみのある色のじゅうたんと防音ドアが入り、室内の壁の色も一新され、暗かった雰囲気が一気に明るくなった。
それはめでたいことではあったが、あの不思議なメロフォンをやはり忘れられない。
失われたバルブは自力で復活させるから、自分たちを捨てないで欲しい、という悲鳴のような、願いのようなものだったのではないか……と、今でも思えてならないのだ。
あの時、もしも思い切ってあの楽器を吹いていたら*1、透明なバルブを操作して何かの曲を演奏したら。『裏世界ピクニック』の鳥子のように、バルブを押す指先も透明になってしまっただろうか。まあ、そんなことは起きないだろうけれど、見間違いなどではなかった*2のは確かだ。

*1:トロンボーンにしろメロフォンにしろ、金管楽器は全て音を出すリップリードの仕組みは同じである。何か1種類が演奏できるようになれば、他の金管楽器でも音は出せるようになる。ただ良い音かは……センス次第?

*2:実はこの話、いつだったかバンドピープル誌の読者コーナーに投稿して採用された記憶がある。自分なりには立派な実話怪談だったりする。記録者も語るのも自分自身だけど。あの時に一緒に体験した後輩とは連絡の取りようもないが、当時の母校で楽器室の工事があったのは、調べればなにかしらの公的記録があるかと思う。