- 作者: 松岡圭祐
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2009/09/25
- メディア: 文庫
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この作品は『犯人』なきサスペンスでした。だからこそ説得力があり、現代社会を考えさせられるのです。
身近な発端&心理的で意外な展開&トリビア&考えさせられる真相、という松岡ワールドは本作でも爆発中です。一気に読めて面白かったですよ。
以下はつらつらと思うことをば。
現代ではさまざまに複雑な事件が起こっていますが、犯人(とされる人物)が見つかっても動機が分かりづらいことが増えてきました。単純な経済苦から強盗や窃盗をするとかならまだ分からなくはない(でも当然やってはならない)のですが、そういう単純な動機じゃなさそうなことが増えてしまって。それから、「人」がそれぞれ個人として周りの人から大切にされていれば、起こりそうにない事件も増えてしまっています。
人間ってなんなのさ。
現代人が持つ疑問として、そういうことについて考えてみなくてはならないだろう、そんな文化感覚が通底している。大学という場所でも、人間科学部とかが創設されたり、やたら**文化学科とかが増えたりしている。
「人間がなんだか分からない」から「分解してみよう」的な動機での「犯罪」が増えたりしている。実験感覚というか。
本当に悪かったのは「誰」だったのか。
そもそも、本質的な「善」「悪」はあるのか。
モラルの崩壊。
そういうことを考えると寒気もしてきますが。
とりあえず……かけがえのない存在だから、人間も地球も大事なんだ、というごく当たり前のモラル感は大事だよなあ……と。
それを当たり前だから教えないんじゃなくて、当たり前だからこそきちんと伝え合うこと、ひとりひとりが尊重されていることを伝えることって本当に大事なことですね。
ところで、本作では重要な問題提起がこの物語でなされています。ゲームという虚構世界で「生命の生・死」はどうあるべきなのか。
ゲームの世界から死の描写を徹底的に締め出して成功したゲームメーカーが本作の舞台なのです。
現実の作品では任天堂のRPG、「MOTHER」シリーズが該当するかと思います。あのRPGでは主人公が敵モンスターをバットで殴ると「**はおとなしくなった!」「**はわれにかえった!」となって戦闘が終了します。一般的なRPGでは主人公が敵を倒す=殺すことですが、「MOTHER」シリーズはその描写を変えたのですね。
同様に、本作中のこのメーカーの作品では、たとえばシューティングゲーム等ならば敵機を撃墜したときにパイロットがパラシュートで脱出するなどして「死んだ」という描写を徹底的に避けたようです。このことによりゲームがより健全になり売れ行きが上がったようですが……。仮想世界の「生命の生・死」は描かれないべきなのか、いや、仮想世界だからこそ描くべきなのか。
今、私がやっている「真・女神転生 ストレンジ・ジャーニー」では死の描写があります。女神転生シリーズは初作のナムコから出ていたファミコン版から死の描写があったと思いますが、本作ではプレイヤーは敵悪魔だけではなく、最終的な局面では元同僚(人間)とも対峙し、勝利しなければならないのです。だからこそ、その戦いは軽々しい描写はされていません。それに、現実問題として、主張が合わないからこそ戦うということは歴史上繰り返してこられたことでもあるし、現在も続いています。それを肯定するわけではありませんが、実際に生命が砕け散るわけではない仮想世界だからこそ、その重さを経験するためにある程度の描写は必要ではないかと思います。物語上でのそうした経験が、現実的に生命を尊重する人間育成に寄与すると思いますし、子供がゲームプレイする中でそういう経験もするし、それが現代文化の一側面なのだ、と大人が知っておかなければならないでしょう。
RPGの種類によっては、キャラクターの復活をシステム的に認めない(死んだらそこで終わり)という作品もあるくらいです。作品世界をどのように構築するかはクリエイターの裁量次第ですが、中世西洋を舞台とする殺伐としたファンタジーRPGであれば、生と死は常に付きまとう問題ではないかと思うのです。ゲームだからこそ、決断にある程度は重さを感じる工夫が必要だ(ただし、徒に猟奇趣味になるような描写は避けるべきである)と私は思います。
また、昔話や児童文学にも生と死の描写は昔からありました。かちかち山、桃太郎など……。ちょっと思い起こせばただしいこと、まちがっていること、生きる、死ぬ……そういったことの重さを子供に教えるために、先人たちがいかに知恵を絞ったかわかるかと思います。
ともあれ、意外といえば意外、納得といえば納得の真相が待っていた「水の通う回路」。ゲームをたしなむ人であれば一読をお勧めします。