エディター&キュレーターの時代!?

あの「たけくまメモ」の竹熊氏が、対談で今の著作権についていいことをいろいろと。
でもって、その中で。
【談話室たけくま】 著作権を主張せずに稼ぐ方法 (2ページ目):日経ビジネスオンライン

ブログをやっていて思うのは、実はこれを運営していく能力は「編集能力」に他ならないと思うんです。書き続けること(ライターとしての能力)は基本としてとても重要ですが、ネットにいま一番足りなくて、求められているのはライターではなく、編集者ですよ。

あー! こういうのはなんとなく前から思ってました! プロが書くと読みやすいすい。
こうやってコンテンツを書く、描く、撮る……etc.って人が段々増えて来た時代。
素人が頼れる「編集者」あるいは「学芸員」的なポジションで仕事できる人が必要なんじゃないかなあって。
つまり、思いつく、描く……は誰でも始めてるわけで。40万円くらいあれば、高度なデジタルビデオ編集環境すらも整ってしまう。庶民のボーナスレベルの出費でなんとかならなくもない。


で、ネットの世界を編集するのって、手作業でやったら絶対大変。
そこで、シンプルなリンク集から始まったYahoo!なり、機械的にインデックスを構築するgooなりGoogleなりが、いわば「機械的数学の力学」で、ネットのインデックスを作って行ったわけです。


でも、人間がもっとも「楽しい」シロモノを、機械的インデックスで探せるかってことになると、ちょっと疑問もあったりする。
そこで、hatena bookmark、flick'r、Youtubeその他で使用されてる「タグ」。ユーザーに属性を手作業で付けてもらって整理するという。でも。これもわらわら増えて大変という欠点もあったりするし。
ゲテもの好きとか、マイナー好きな人には、大多数に好評だった、という市場的基準そのものが適さないわけで。


で、コンテンツを安価に少量&カスタマイズ可能な『現実の「本」などのパッケージ』にするオンデマンド屋さんや、ネットでの編集者・学芸員的な職業が考えられる……と。人間の脳を通す、という手作業でトータルに全般を編集できる人。これが必要になって来るのではないかということで。


そらそうだ。作り手が増えたんだから、きっちり売り切る手伝い人も必要になって来る。
きちんとしたカタチにして信頼できるフォーマットで流せる(ただし、権利関係は「某じゃすらっく」みたいになっちゃうとこまるけど)お手伝い人、サポーター、が必要になるだろうというか、そんな感じでしょうか。


まとめサイトって、まとめた人の主観でまとめられてキケンっていう欠点があるし。
客観性に基づいてエディットできる、知の流通の新しい形があり得る……と。


たとえば、はてなダイアリーブック(自分の、あるいは他人のはてなダイアリーの製本化)は、単に機械的に製本するだけ。
そうじゃなくて、編集的視点を通す。読みやすくする。


これって、バリアフリー的な未来社会につながっていきそうです。
誰でも読みやすい形でまとまった情報を閲覧できるというのは、やはり情報産業のあるべき形の一つだと思うし。
ド近眼の人には文字を大きくとか。そういうのは、Webなら可能。オンデマンドでもやればできる。XOOPSでいう「テーマチェンジャー」みたいに、読み手の趣味に合わせて見た目を変更できうる技術。
そこに、デザインやエディタ、キュレーターの視点が加わったら……。


多くの人が望めなければ、本というのは成立しない、というのは過去のことになるといい。
誰かの為に、本が生まれたっていうのだってあっていいんじゃないかな。
そういう本にもエディターが、原文をより良くする為に入りうる、みたいな。


変な話だけど、入れ歯って、カスタマイズして作る。汎用の入れ歯って、薬局にも無かったはず。
噛み合わせが悪かったら、健康に悪影響があるから。


情報だって、同じこと。自分と噛み合わせの良い情報に出会うために、エディタが出来ることが何かある。
たとえば、個人のブログのデザインを数万円程度で請け負ってくれるプロの業者が成立してるけど。
同じように、コンテンツの内容に付いても個人レベルで頼れる業者が必要になって来るかなあ。


パーソナルコンピューターを自分のパーソナル確立の為にちゃんと役立てられるまで、1年くらいは経験が必要だったりする。それも、何か間違ってる気もしてる。
結論は保留。
でも、もっと、みんなそれぞれの個人の為に「カタチ整えの請負人」ができることがある気がしてならない。