ユーザーエクスペリエンスと料理の達人

http://satoshi.blogs.com/life/2006/04/post.htmlより。

この「いまどきパソコンぐらい使いこなせない人が悪い」という発想が私には許せないのだ。

 Windowsを作っていた私が言うのもなんだが(というか、だからこそ言う責任があるのかも知れないが)、逆に「普通の人が使えないようなパソコンを作っている方が悪い」と考えるべきなのである。

同じようなことを常々考えておりました。パソコン側がもっと易しく使えるようになって欲しいなあとは。
日常的に他人のPCサポートに当たることが多い*1もので、もっと楽にメンテナンスできればいいなあと良く思っていました。トラブルの調べ方はこないだNHK教育の「趣味悠々」の「パソコン再入門」の最終回*2でやっていましたが、やっぱりまだまだつきものなんですよねえ、トラブルってやつは。


パソコンが使えるってことは、どういうことだろうかと。折に触れて良く考えます。
webを活用し調べものができること。情報発信/受信が出来ること。モノを作れること。
昨今重視されているのがこの辺りのことでしょう。


しかし、既存のパソコンではそれ以外の部分(パソコンがパソコンたるための部分)の領域がユーザーにかける負担が大きく、「パソコンは難しい」ということになってしまっているようです。
トラブルを解決するためにパソコンを買った人はほとんどいません。パソコンを使う理由はネットやゲームをしたい、とか、自分史や年賀状を書きたいとか、仕事をしたいとか……ともかく「目的を達する」ための手段であって、ハードディスクがどうとか、メニューバーがどうだ、とか、そういった知識は副次的な物でしかないんです。しかし、その副次的な物を知らないと、パソコンが使えないのも事実で。この辺りサポートの人間としてももどかしく思っています。


私はよくパソコンと料理を比較して考える*3のですが、卵焼きを作る時に塩加減がどうだとかっていちいち秤にかけますか? たいていの人はひとつまみとか、さらっと瓶を一振りとかで済ませてしまうのではないでしょうか? お米を炊く時の水の量とか、ステーキを焼く時の火加減、揚げ物をする時の温度も、慣れた人であればあるほど、手順書(レシピ)や秤のたぐいは必要なくなる。これは何故でしょうか?
「塩梅」が経験で分かってくるからではないでしょうか? それから、料理の場合は使用機器の世代が違っていても、ある程度応用が利きます。ウチは未だにガスコンロなのですが、IHクッキングヒーターなど、電気コンロのようなものを使うことになっても、ある程度今までの火加減感覚は使えるでしょう。ガスから電気に変わっても、焼ける肉のニオイや加減、鍋の反応は変わらないからです。


このような感覚でパソコンも使えればかなり楽なのですが、「塩梅スキル」が通じない場面も多々あります。
同じアプリケーションでもOSが違うと操作上の注意点が異なることは良くありますし、バージョンアップに依っても操作方法が異なることがあります。しかし、やりたいこと(たとえばPhotoshopでモノクロ写真に加工するとか)へのCGの原理は変わらないのです。
ここら辺がガスコンロ→IHクッキングヒーターとPhotoshop 7→Photoshop CSとはまったく違うことです。ある程度経験を持っているユーザーでも、「今度のPhotoshopではこのあたりの操作はどこにあるのかな?」と探すはめになります。*4
こういったことは料理のようには通じない。バージョンアップというのはバグ解決、機能追加だけではなく、機能改変も大きく含むのですが、何かのソフトのバージョンを上げたことが無い人には「機能改変」の問題は最初は分からないと思います。この辺のことも、コンピュータリテラシーに含まれるのではないかと思うのですがいかがでしょうか?


ともあれ、難しいことかもしれませんが、ソフトウェアを創り広める方々には、是非、料理のような視点−−基本的なリテラシーをマスターしてしまえば機器の改変にはあまり困らない−−での開発や啓蒙をお願いしたいと思っています。
料理も簡単なものではありませんが、基本的な道具の使い方、素材とのつき合い方をある程度覚えてしまえれば、日々の生活には困らなくなります。それこそ七面鳥の丸焼きにチャレンジするとか、ケーキを焼くとか、本格的なコトを言い出さなければ困らない。それは伝統的に基本となる器具や技法が決まっていて、情報も手に入りやすいからです。*5
基本を知り尽くしている人こそが達人であることは、料理でもコンピューターでも変わらないはずです。


しかし。
残念ながら今のコンピューターは、基本的なことだけでも覚えねばならないコトが多すぎるのです。パソコンを使えることとは、操作手順を暗記することではないはずなのに、現状は操作手順を暗記させることがIT教育になってしまっているんですよね。もっとシンプルに、もっと人間的にならないものでしょうか……。


現状では商品そのもののの変化を待つよりも、ユーザー側がつき合い方を覚えることの方がまだまだ比重が高いわけです。
Nintendo DSで動くWebブラウザが開発中らしいですが、そういったそのものズバリに特化した機器が、これから一つの突破口になってくれるかもしれませんね。
なんでもできるのがパソコンの良いところなのですが、これから求められていくものは機能限定版になって行くのかもしれません。(ツーカーSやDS脳トレが高齢者にブレイクしたという事実が端的に示しているように)

*1:仕事もサポート系でしたし、友人・知人・家族などから電話やらなにやらでサポート頼まれるし、人力検索はてなとかでもサポート系の質問に回答してみたりとか……。もはやITサポートは趣味の一部といえそうですが。最も得意なのはMacintoshなのに、やってくる質問の8割以上がWindowsに関するものなので、ウチにWindowsが無かった頃は本当に苦労させられました。メーカーの人間でもないのになあと思いつつも、人の役に立てて夕食おごってもらえたりするのがかなりうれしかったりするので、まんざらでもありませんが。

*2:トラブル解決策として、エラーメッセージをメモしてgoogle検索とか、人力検索はてなその他ナレッジコミュニティサイトで聞くとかやっていました。スクリーンショットを撮って印刷し、ノートにはって解決策を書くといいとかも。

*3:料理は、目的がはっきりしていて、道具を使ってする必要があり、それなりの工程を経なければならず、多様な技術があり、かつ誰でも日常的に体験する行為の代表格といえると思っているからです。行為の構造的にパソコンと料理は似ていると思います。

*4:まあ、Photoshopでの減色加工くらいならあまり変わっていないんですが、Illustrator 9→10に上げた時に、孤立点除去はどこからやるんだ!? と小一時間悩んだことがあります。9では編集→選択→孤立点、10では選択→オブジェクト→余分なポイント、でした。コマンド名まで変わった日には分からない人には絶対分からないと思いますよ……。

*5:本格的な料理も、やることは基本料理の積み重ねでもありますし。