緊迫したのんきな一日

えーっと、こんなにカテゴリが多い日記は、はてなダイアリーを800日以上付けていても初めてじゃないかと思います。
いや、カテゴリを一つ一つ分けて書いても良かったんですけどね?
なんか、今日一日で自分が変わったと思ったので、全部まとめて書いた方が正しいかと……。
もう、1日で1年分くらい過ごした心境だったのです。
ということで、カテゴリとしては機能しませんが、流れを分けて書いて行きますか。

[windows]起き抜けからPhotoshop!!

ちょっと頼まれまして、起き抜けからPhotoshopでとある画像加工を10分で仕上げるハメになり、実際、発注から納品まで本当に10分でやれてしまいました。自分でもビックリ。Photoshop CS2よりIllustratorの方が使い込んでいるんですけど。
早いところ、CS3入りのMacが欲しくもなりましたが……やむを得ない事情で、ウチのCS2はWindowsです。くすん。


[映画]宵どきの「トランスフォーマー」、朝っぱらから「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」

今日、「ヱヴァンゲリヲン」を見に行くとゼーレのピンズがもらえるのと、そんなに深いファンではありませんが、やっぱり気になる作品だったので行ってきました。
実は、昨夜は「トランスフォーマー」を見ているんですよねえ。つまり、昨日の「トランスフォーマー」、今日の「ヱヴァンゲリヲン」と、異形の異星人が地球に眠るある秘宝(?)を求めて攻めてきて、青少年がそういった物を巻き込まれて無理矢理守らんとするロボット(?)スペクタクル物の映画を見てしまうことになりまして。2作品を比較することになってしまいました。結果的に。スケジュールがたまたまこうなっただけで、全然意図していないんですが。


で、どっちが面白かったかというと、あくまで私自身の主観ですが、断然「ヱヴァンゲリヲン」です。まだお話は途中で終わっちゃってる作品の方が面白いっていうのもなんですけどねぇ。
トランスフォーマー」を昔のコンボイさんとかが頑張ってた頃のイメージのまま、予備情報一切無しで見たので、なおさらがっくり来ました。正直なところ、アメリカの国威掲揚の物語に見えてしょうがなくて……。そういう話じゃないですよね? たしかに、作り込んだCGには感服しましたし、細部の米国文化にはなるほどと思いましたし、コメディタッチな部分は笑えましたが、「感動」はしなくて。
アクション映像に酔ってしまったのも大きかったんですが。
しかも、この映画の決めゼリフが『目的を達するためには犠牲はしかたがない』(細かくは違いますが大意はそんな感じです)でしたから、コレには参りました。こんなの、自分が親とかだったら子どもには絶対に見せたくありません。こういう形の自己犠牲精神なんて、自分のためではなくあくまで社会にとって都合の良いことになるためにあるようにしか思えないのですよね。
自分ってかけがえがないものです。「トランスフォーマー」の米国映画版は、その辺りをあっさりと無視しているように思えてなりませんでした。正直、映画館を出て気分が悪かったですよ。こんなのは初めての経験です。
全体的にも、アメリカは偉大だ、といったにおいがしてすごくイヤでした。戦争を肯定している映画のようにも思えます。明らかにおかしいです。なぜこの映画がアメリカでそれなりにヒットしたのかが良く分かりませんでした。
アメリカという国の文化は嫌いではありませんが、こういうのはちょっと嫌でした。


そして、本題の「ヱヴァンゲリヲン」ですが、こちらも過去のテレビ版、劇場版を1回見たきりで、新作の予備知識ゼロで見ましたが、本当に面白かったと思います。
基本的にはテレビ版のストーリーを底本としているようですが、細かい演出やストーリーがいろいろ変わっていて、それもまた面白かったですし、映画館だと違いますし。
なにより、主人公のシンジの悩み方が可愛そうで仕方がありませんでした。
闘う理由が見えない戦争に参加せざるを得なくなるのは、初代「ガンダム」とかからの日本のお家芸みたいな気も致しますが、旧作アニメ版ではもうひとつスッキリしなかったシンジの行動理由が、かなり明確に見えるようになった気がするんですよ。その分、共感を呼ぶ感じで。


で、私としては、自分が「ヱヴァンゲリヲン」に乗れと言われたらどうしよう、みたいな心境で、見守っていた感じだったんですよね。


この映画に関しては、「トランスフォーマー」の感想のように多言はよしましょう。不要です。ともかく。


ただ、映画が終わってからしばらく立ち上がれず、係員さんに「(汗でびっしょりですが)暑かったですか?」と心配され、帰りの駅にたどり着くまで本当に足元がフラフラしていて、なぜ人間には戦いがあるんだろう? といった疑問や、オトナになるって何なんだろう、っていうような自己探求的な疑問を大量に抱えていた、とだけは記しておきたいと思います。
たしか、映画のどこかで、「オトナになるということは、お互いを傷つけない距離を見つけることだ」みたいなセリフがあった(うろ覚え)と思います。静かなシーンなのに、派手な戦闘よりもそこがやたら印象的でした。


今回はあくまで「序」なので、まだまだ「ヱヴァンゲリヲン」の背景や、秘密団体「ゼーレ」のあの計画、それからそもそもどうしてシンジやレイじゃないといけないのか、最後に出て来た青年は誰なのか? などなど、明かされていない謎は沢山あります。この辺りの設定は旧作と同じとは限らないので、新作では不明としておきましょう。
それから、旧作をご存知の方はお分かりになると思いますが、青くて形をどんどん変える妙な「使徒」との戦い*1で、日本中の電力をかき集めての作戦が今回のラストバトルになっています。そして、次回作のタイトルは「破」ですから、おそらく三部作なのでしょう。「急」で終わるといった形の。


今回は比較的青春物語的でしたが、次回作からは何かトンでもないことになりそうです。映画の末尾に次回予告がありますので、それで感じたことですが……。


ともあれ、旧テレビシリーズを知らなくても、逆に見たことがあっても、それぞれなりの楽しみ方が出来るのではないかと思います。
本当にハラハラドキドキして面白かったと思います。


追記しておきますと、おそらく基本的な、個人の戦闘動機が「トランスフォーマー」と「ヱヴァンゲリヲン」で大きく違っているのではないか……と思えます。文化的背景も大きく違いますしね。
このあたり、日米文化の違いとして詳しく比較しても面白そうですね。漫画・映画系の学生さんで、卒業論文のテーマに困っている方、ネタとしてお使いになられたら、コメント、トラックバック、メールなどを下されば幸いです(笑)。

[展覧会][漫画][読書]昼どきの「ますむらひろしの世界展」(八王子市夢美術館)

それから、電車に揺られ揺られて、八王子に向かいました。
母校にちょっとした届け物*2した後、夢美術館へ。
ますむらひろし」さんって誰? という方は……まあ、とりあえず夢美術館のサイトをどうぞ。
http://www.yumebi.com/
または、作者さんの公式サイト「ごろなお通信」も。
http://www.tiara.cc/~goronao/


ちなみに、会期は7月20日(金) − 9月17日(月・祝)です。もうすぐ終了。「ぐるっとパス」で入れます(私はこのクチです)。


ついでに。八王子の漫画専門店「まんが王 八王子店」では、本展のタダ券を配ってるらしいです。まだあるかは分かりませんけれど、気になる方は、
http://www.mangaoh.co.jp/hachiouji/
をご参照の上、ショップにてお問い合わせ下さい。


ほんとうにのんびりし、かつ、元気で生き生きとした作品世界で、心も身体をも充実して行くのを感じました。
この感覚は……日本語で書くのが難しいところです。
アタゴオル」を読んでいただければ、たぶん、納得できるかと……。
本展を見る前に、ちょっと館内喫茶店で持参した「アタゴオルは猫の森」を1冊読まないと、「ヱヴァンゲリヲン」が抜けなかったですね。
リラックスするとは、たぶん、こういうことか……と。
深過ぎて文章に出来ません。蒼い月の光と、太鼓の音が、いっしょになっているような感覚。
トロンボーンを持って「ヨネザアド」*3に遊びに行くところを想像していました。ヒデヨシ君*4トロンボーンでセッションできたら楽しそうですよ。想像していました。そういうの。



展覧会図録は早くも完売していました。
会場で購入した書籍を挙げておきます。

アタゴオルは猫の森 6 (MFコミックス)

アタゴオルは猫の森 6 (MFコミックス)

アタゴオルは猫の森」は5巻まで持っていて、それからなかなか買えなくて……。今回、かなりまとめて買えました。まだ文庫版の「アタゴオル」の方は持っていないのですが、いずれまた、と思っています。

[ウォーキング]夕暮れ、本日の歩数結果

10304歩でした。さすがにこれだけ歩けば1万行きますね!
足はちょっと痛いけれど、筋力がだんだん付いてきました。

[トロンボーン]本日の練習で見つけた、自分の目指すべき音

で、自宅に帰ってから、一息ついてトロンボーンを練習していました。
練習時間は30分も取らなかったのですが、まだブランクからの調整時期なのでコレでいいんです。
でも、今日は究極の緊張感(人類の危機と戦い)と、究極のリラックス感(自分の好きなようにのんびり生きる作品世界)という、両極端を真剣に体験して来たわけです。
これが音にもたらした影響はものすごく大きかったですよ。


うまく書けませんが、腹の中には怒りや悲しみ、自分自身へのストレスがあってもいいんです。というか、なければ自分の音が出て来ない。そして、それを腹筋や横隔膜を支える基本的なパワーにしてブレスを深く取り、しかし感情はやわらかく豊かに、唇は緊迫したのんきさで、気持ちよく吹いて行く。
自分が嫌いな自分も、それでいていい。そのままそれを楽器を通じて、きれいな音にして行けばいい。
楽器を吹く心には、怒りはないので。そこをフィルター……というより、変換機のように使って、色んな音を出して行けばいいのです。
イメージは掴めました。
アタゴオル」の「ヨネザアド」に「使徒」やレイやシンジがいたら、なんかこうなるような気がするんです。
ヱヴァンゲリヲン」の「第三新東京市」に「ヒデヨシ」や「唐揚げ丸」がいても、なんかこうなるような気がしてならないんです。
言葉では言い表せないけれど……。


別に「使徒」なんか来なくても、現実として世界は危機的な状況です。
しかし、人類がここで終わるわけが無いと思っています。それは、人間自身に生きようとするパワーがあり、地球もまたそうなので……。
自分にとっては、自分自身の強さや弱さと楽器と、そして沢山の人々と、これからも出来る限り誠実に、かつ、自分に正直に付き合い続けることが、そういったことへの答えになって行く、そういう過程になって行く、そんな気が致します。


今日は、そんな、一日を送りました。

*1:余談ですが、その戦闘が始まる遠景からのシーンのBGMの質だけが、どうにもこうにも気になりました。あそこはもっとティンパニの低音の倍音をもっと響かせた方が効果的だと思います。

*2:手塚治虫の「鉄腕アトム」「僕はマンガ家」「罪と罰」「聖書物語(フィルムコミックス)」を図書館に寄贈。

*3:アタゴオル」の世界の地名です。

*4:アタゴオル」の主人公の猫。立って歩き、人と話せ、ある意味ドラえもんジャイアンより好き勝手していて、それでいて憎めない不可思議な猫。特技は太鼓叩きと食い逃げと忘却と存在感、だと思います。多分。たまに学者猫に変身し、適当な学説を唱えていますが……学があるのかないのか良く分かりません。もっとも、知識を越えた学を彼は持っている気もしてならないのですがね。