もしもし?

映画『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』。
仕事休みを利用してのリピート2回目。今回はNetflixで本編全部おさらいしてから見られた。本編をほとんど見てこなかった前回も泣けたけれど、今回は例えばあの青い傘などの小道具の意味や、キャラクターの細かい話や表情の意味も分かってより楽しめた。
ところで、この話はとある異世界での、手紙から電報電話に情報通信技術が変わってゆく時代が舞台だ。
グラフィックもキャラクターも、音響も台詞も素晴らしいので、見られる状況の方には是非、一見をお勧めしたい。近年まれに見る純粋な作品であるし、インターネット時代だからこそ、ひととひととの通信というものを考えさせてくれるのである。
テレビ版はワンクール。見て仕舞えばそんなに長くないのだが、買うのは敷居が高いとか、レンタルに行けないとか、配信サイトを契約できる状況にないなどで、もし見ていなくても心配ない。ご心配ならせいぜい下記くらいを押さえて行けば全然大丈夫だろう。

  • 主人公はヴァイオレットという少女。
  • かつては超有能な少女兵士だった。
  • 戦争で生き別れた『少佐』との再会を願っている。孤児だった彼女を引き取り、名前を付け、言葉を教え、緑色のブローチを与えた………本当にいろーんなことがあったのである。
  • 少佐は生き別れる瞬間、『愛してる』と言い残した。戦闘マシンのようだった彼女は、戦後、その言葉の意味を知るために、少佐の友人が社長を務める郵便会社の代筆者(俗に自動手記人形、ドールと呼ばれる)となった。現実の世界史で言うタイピストにやや近いだろうか。様々な経験を積み、すっかり有名なドールに。
  • 金属製の義手は、生き別れの際の大怪我で腕を双方無くしたため。今ではすっかり使いこなしている。

さて、ここから先は映画を見た人以外読まないでほしい。どうしてもひとつだけセリフに引っかかってしまったので書いておきたい。ネタバレを控えた表現ではあるが、未見の方はここでやめておいていただきたい。大切なことだから2回。本当に大丈夫な人だけに。
主人公の依頼人が、どうしても急な用事でその親友に電話をするシーンがある。とても感動的なシーンなのだが、ひとつだけ、気になったのが……「もしもし」である。
まだまだ電話は普及しておらず、依頼人ももおそらく使い慣れていないであろう状態。その親友に至っては子どもなので受話器の使い方が分からなかったレベル。
電話が通じないときは「もしもし」と言う、というマナー(というか定型句)が広く成立したのは、この時代からかなり経ってからになるはずだ。以前、何かで「もしもし」の語源を読んだことがあるのだが、「申す」が転じて「もしもし」になったという。
ということは、少なくとも彼らは「もしもし」という言葉を知らないはずだ。あのシーンの場合「やあ」とか「聴こえてる?」とか「おーい」とかになるかと思う。
まあ、たしかに便利な言葉ではあるのだが……。この言葉でないと、あんなに円滑なセリフ回しにならなかったであろうから、もどかしいものがある。
それから、灯台への電報のシーン。電報というか実際にはモールス信号である。正直、あそこまで子細が伝わるかなぁと。それに天気も相当悪かったがノイズをものともしなかったのだろうか。
2回目ともなると気がつかなくても良いシーンに気がつかされてしまうのだなぁ、と改めて思わされた。
しかし、作品はやはり素晴らしかった。こんな重箱の隅のようなことは気にしなくて良いであろう。
この作品の面白いと思うところは、ドールがゴーストライターではなく、自分の名前で仕事ができたことだ。名高いドールという存在が公認され、代書を頼んだのを人々が隠していないこと。文字が書けないのは当たり前だったということと、職業へのリスペクトの高さとは必ずしも矛盾しない。
実際、ドールは一応、代書屋とされてはいるが、やっていることは半ばカウンセラーであり、半ばアクトレスである。だからこそ、感情がフラットであり様々なことに先入観のないヴァイオレットがマイスターになれたのだと思う。このことに気がついたとき、自分が何者でもないからこそ名演技ができる、北島マヤ(『ガラスの仮面』の主人公)を想起させられたのだが。
スマホが一般化した今の時代でも、こうした存在はむしろ誰にでも必要なようにも思った。自分の話を聞き、誰かのためのメッセージを一緒にしたためてくれ、秘密厳守。
こうした存在がいれば、例えば言葉足らずで炎上したりなどないような気がする。自分の文章で書くことと客観性は矛盾しない。ヴァイオレットのような人が欲しい人、結構いるのではないかな?
ちなみに。今、本作を見に行くと小説の冊子をひとつ頂けるのだけれど、帰宅の電車内なんかで読んではいけない。数ページめくって、おのれのせっかちさについて近年まれに見るレベルに後悔してしまったので、是非とも、ご自宅ないしは落ち着いて読めるなんらかの場所での読書をお勧めする。また、映画を見る前に読むのは絶対にもったいなき行為である!
あの、ヴァイオレットさん。ご自分がおっしゃっている内容、おわかりであられますか? ドールは文章のエキスパートのはずなのに、言葉で読者を殺す気かと思ったくらいであった……血圧上昇で。