サッカーは未来予知?

ブルーロック、連載版も読んでます。アニメになると動いて声がつくのでリアリティがすごいですね。荒唐無稽な物語だと思っていましたが、説得力がガッと上がります。
ところで、コミックスや連載でかなり最近の話を読んでいても思ったのですが、サッカーって数秒先の未来予知のスポーツなんだなあってつくづく思うのです。
この辺、将棋とかのテーブルゲームにも通じるのかもしれませんが、今自分がここにいて、ボールは何メートル先で方角どの辺で、多分こういうふうに相手は展開したいだろうから、パスカットするならここだぜ、とかそういう。
主人公の潔くんの最近のサッカースタイルはまさにこれで、フィールドの流れを読めるだけ読みまくって将棋AIの如く決定的な一蹴を放つ。サッカー界の藤井聡太さんですよ、アレじゃ。生半可な相手では太刀打ちできない。だから世界レベルに一気に駆け上がれたのでしょうね。
アニメの方では蜂楽くんの幼少期エピソードが配信されました。
彼は幼い頃から自分のイメージする高速で速攻型のパスサッカーを共有してくれる相手に恵まれなかった。それどころか変なパスを出すなとコーチに叱られる始末。
あのシーン、他の漫画ではありますが…キャプテン翼バルサBに落ちたばかりの時の翼くんを思い出させられました。
ヨーロッパデビューイヤーでまだまだ新人でも、言うべきことは言う。Bチームとは言えバルサの歴戦の猛者ばかり。そんな中でたしか「パス出しがめちゃくちゃ遅い」とかってチームメイトにブチギレるシーンがありまして。翼くん、普段はニコニコサッカーしているイメージが強かっただけに、かなり印象的なひとコマでした。ただ、ここは翼くんのいうことが正しくて。自分が責任持ってしっかり受けられるなら、できるだけ早いタイミングで遠くにパスしてくれたら、それだけ早く攻め込む事ができます。ものすごく当たり前ではありますが、サッカーでは速攻ができるならその方がいい。特に、あの場面ではおそらくカウンター攻撃を意図していた練習だと思いますので、早くて遠いパス出しが正義。
ブルーロックに話を戻すと、蜂楽くんはこのハイレベルサッカー環境で、ようやく自分のイメージに応えてくれる仲間に出会えたわけです。
あのパス出しを変なプレイと揶揄する低レベルな環境ではなく、追い抜かんとする勢いでついてきてチャンスを活かしてくれる超ハイレベルな人たち。
レベルが合わない環境にいるのって、お互いに不幸なんですよね。自分にも周りにも。
自分が勉強ができないのに高いレベルの場所にいて、ますますついていけないのも不幸ですが。
かなりのことができる子が、無理に低レベルに合わせて自分のやりたいことを縛り上げてしまうのも不幸。
子どものころはいわゆるお団子サッカーと言いますか、ボールばかり追いかけるサッカー(ブルーロックでも初期の頃にサッカーの原点を問う話でありましたけど)をしても仕方がないですが。
周りがある程度見えている子どもは、ボールのない場所での動きも考えていたりするとか。いわゆる、オフ・ザ・ボールというやつ。それができる子を、お団子サッカーの空間に閉じ込めていたら絶対に不幸。お団子サッカーしかできない子どもには彼がやりたい事が絶対に分かりませんし、彼にしてももっと先の動きについてきてもらえなくてフラストレーションがたまる一方。
それを考えたら、蜂楽くん、よくサッカー嫌いにならないでくれたなあと。ここは絵描きであるお母様がこころを支えてくれた面が大きいようです。サッカーはわからなくても、周りと合わない気持ちは芸術家なりにわかるようで。
ともあれ、サッカーは少し先の未来の読み合い。ボールの出方とかはその結果なのでしょう。未来のために少しでも遠くにパスを出すのは、現在にリスクを負って、未来を少し良くする先行投資なのかもしれません。流石にどんな選手でも繋ぐのは無理な位置もありますし、タイミングによってはオフサイドの危険も考えられます。
サッカーのパス回しで必要とされるのはリスクコントロールのセンス。だから選手を引退したあとで、ビジネスを興して成功する人も結構いるのかもしれませんね。